いつものモブとうちの 漆黒突入前ぐらい
「今日はいいわ」
彼の口からまさかそんな一言が飛び出してくるとは思わなかったので、恐る恐る額に手をかざそうとしたら「熱はないって」と笑われた。
「嘘をつけ」
「本当にないから。そんなに言うなら触れよ」
ほらと出された額に遠慮無くべたっと手を乗せる。確かに伝わってくるのは確かに平熱で、本人の言うとおり不調でも何でもなさそうだ。だが、三度の飯とセックスをセットで考えているような男が言い出すような言葉ではないのは変わらない。
「どういう風の吹き回しだ」
何かのトラップにでもひっかかって中身がすげ変わったのかと疑りの目を向けたら、彼は「ハッ」と笑った。
「昨日しこたましたから、今日はただ添い寝してもらいたい気分ってだけ。——ああ、あんたがしたいって言うならやぶさかじゃ」
「しなくていいんだな、わかった」
「なんだよ。ノリ悪いな」
だがそれでも、今日はいいという言葉に嘘はないらしい。ベッドに収まったと思ったら、すぐにくるりと背中が向けられた。灯りを消し、後ろから抱えてやると、「はー」と溜息が聞こえてくる。
「どうした」
その音に混じる安堵、そしてほんの少しの疲労に気付き思わず口に出したら、「あ?」と眠そうな声が返ってきた。
「なに」
「何かあったか。疲れているようだが」
「……ンー?」
「ないとは言わないんだな」
「ありすぎて困ってんだよ。どこまで言ったらいいのかもわかんねえしな」
ぎゅ、と腕が抱え込まれる。
「……英雄だとさ」
背中越しに聞こえたのはそんな一言だった。
「エオルゼアの英雄だって」
「それだけのことをしてきたろう。納得はいく」
実際ラウバーン局長や不滅隊のお歴々からも、彼のことは聞いていた。各地で呼び下ろされた神を殺し、さらには数々の反攻作戦の要となった彼のことを聞くたびに、古馴染みとしては誇らしく思えたものだ。
「俺はただの冒険者だぜ。元商人のさ」
だが、彼自身はそうではないらしい。
「……頼み事を聞いてただけだったんだ、ずっと、今まで。多分これからもそう」
「まあ、昔からそうだな」
へへ、と彼は笑う。自嘲気味のそれには特に何も言わず先を促すと、今度は疲労感が強まった吐息が聞こえた。
「少し前にな」
「ああ」
「ヤ・シュトラが怒ってくれたんだ」
「何をやらかした」
一度遠巻きに目にした賢人の様子を思いかべる。実に理性的で冷静な女性という印象だったが、彼女に怒られるとは一体何をしたのだろうか。
すると彼は、「俺じゃない、別のやつ」と笑った。
「そいつ、俺のことをずっと英雄だからどうのこうのって言っててな。そうしたら、『英雄という偶像に押し込めるな』って怒ってくれた」
嬉しかったなあ、と彼は呟いた。
「俺は英雄って器でもないし、自覚もないしな。言われるたびにずっとモヤモヤしてたから」
「そうか」
「……でもなあ、今は、みんないなくなっちまったし、俺もどうなるか解らないから」
ぎゅっ、と腕がまた抱え込まれる。不穏な内容が気になったが、口を挟まず先を促すように、その力の向きに少しだけ応えてやった。
「正直きつい。全部投げ出しちまいたい時がある」
「……そうか」
「あー、うん、でもちょっとはマシになったよ。あんたの筋肉のおかげで」
「どういう理由だ? まあマシになったのなら良いが」
眠気のせいか、いつもよりほかほかと暖かい身体をもう少し引き寄せてやる。彼は「肉布団だ」などとまた遠慮のないことを言いつつも、されるがまま抱き枕になった。
「やっぱりあんたはこういうの向いてる」
「常々言っているが他の奴には言うなよ」
余った片手で頭をワシワシと掻き混ぜてやったら、「このゴリラ」といういかにも直接的な罵倒が飛んできたので、さらに鳥の巣頭にしてやった。