ドンの飼い犬:拾った当日 / コルクラ / 文庫ページメーカー
裏社会は情報が命だ。
それを教え込まれたのは、コルネオがまだ泥水を啜って生きているような時分だった。身をもって知ったその教訓は、時が経ち、もはや揺るぎない地位を得体までもなお、コルネオの心の奥底に刻み込まれている。身の周り、縄張りの中に氾濫するありとあらゆる情報を拾い上げ、選別するコルネオの嗅覚に、スラムの中では右に出るものはいないと自負している。
走狗の一人がもたらした噂話が、すぐにコルネオの耳に引っかかったのは当然の事象と言えるだろう。コルネオの縄張りで勝手にウリをして稼いでいるやつがいる、しかもそれが結構評判らしい――それを聞いたコルネオは即座に自ら動いた。自分のシマで許可なく荒稼ぎするとは良い度胸だ、その意気に免じてペットの餌にしてやろうと告げたとき、アッパーから流れてきたらしい、それなりに身なりのいい――ただし十分にぶちのめされた若者は、みっともなく命乞いを始めた。
「助けてくださいってお前、オレのペットとして生きるんだから、死ぬも何もねえだろ」
ほひひと笑って哀れな餌を連れて行かせたあと、コルネオはさっさと「本題」に取りかかった。
スラムにしてはそれなりにいいアパートの一室、マットレスだけが敷かれた部屋に「本題」は転がっていた。意識はないのか、コルネオ達がずかずかと上がり込んでも反応せず、痩せ細って骨の浮いた背中をこちらに向けたままぴくりともしない。
「男娼ですか」
「だなぁ」
ソッチの言葉にコルネオは頷いた。見る限りだと天然の金髪だ。期待値は高い。
「ほらお顔み~せてっと」
青白い肩に手をかけて、ごろんとこちら側に転がす。
瞬間、コルネオはにんまりと顔中に笑みを浮かべることになった。
「ほひ~、上玉ちゃん発見! すごいの~めごいの~!」
「はあ。……薬でも盛られてるんですかね」
一緒に屈み込んだソッチが、何の反応も――目を開けて、二人が視界に入っているにもかかわらず視線を動かすことすらしない男娼の様子にぽつりと呟いた。ただ、それがまた、弛緩していても解る程度の器量の良さと相まって、背徳的な人形のような雰囲気を醸し出していてたまらない。確かにその手の人間にはさぞ人気が出ただろう。
「かもしれんなぁ~、ただこいつは最高だ。それだけはわかる」
「カンで?」
「カンで~! ……なんてな、もちろん理由はちゃんとある」
細い顎を片手で掴んでぐいと持ち上げる。きっと苦しい姿勢だろうに、彼はそれにも文句一つ言わない。ただかすかな呻き声を上げただけだ。
「この眼、わかるかソッチ? こいつぁあれだ、ソルジャーだ。な、最高だろ?」
とんでもない拾いものだ。見目が良い上に丈夫だし、薬を抜いて躾けてやれば良い番犬にもなるかもしれない。無論、廃人になっていたとしても、他に十分――それこそ腐るほどに使い道はある。
「店に出すんで?」
「それも考え中だ。ほひっ、ソルジャーを良いようにしてみませんかってな、最高だなソッチ」
ただ、それは慎重にやらないと客だけではなく余計なものまで呼び込む羽目になる。あくまで目立たず、ただし存分に、この予期せぬ幸運を活かしてやらなければならない。
「まあその前にだ。じっくり仕込まにゃ使いたくても使えんだろ。ほひ!」
掴んでいた手をぱっと離すと、重力に任せてその頭が薄いマットレスに沈む。
その虚ろな眼を見ながら、コルネオは今後の計画を楽しげに練るのだった。