酒の勢いで添い寝(?)したくっついてない二人 / バレクラ / 文庫ページメーカー
冬の朝の独り寝は辛い。寝入るときは酒やらなにやらで温かくても、起きるときは冷え切ってしまっている。
コレルですら、いや砂漠の地域に位置するコレルだからこそ、冬はいっそう厳しく冷えた。だからこういう時は、今のように隣にいるミーナの温もりに助けられたものだ。
(……あ? 今?)
心地良い安堵を伝えてくる体温を抱き直したあたりで、バレットの眠気に浸った脳はようやく違和感を伝えてきた。今って何だ、確かミーナは居ないし、そもそもここはコレルではない場所で、何ら関係のない場所じゃなかったか。
(夢か?)
だがそれにしたって、この夢はやたらと現実味を帯びている。少し違うかもしれないが明晰夢とかいうものの一種なのだろうか。それならそれで、また愛しい穏やかな日常に戻れるのであればこれほど嬉しいことはない。
バレットはゆっくり目を開けた。
だが、そこにいたのはミーナではなかった。
「――」
咄嗟に声を出さなかったのは一種の奇跡と言っても良かった。今起きてしまわれては困ると寸前で察知できたからかもしれない。とにかく、バレットの腕の中には、ミーナではなくその手の商売女でもなく、全く別の、しかしよく知った人間が――クラウドが、完全に気を許してしまった状態で眠っていた。
ただ寝ているだけならまだいい、酔っぱらってベッドを間違えただのいくらでも言い訳が立つ。だが、バレットの腕の中におさまっている身体は、何一つ服を来ていないと肌に伝わる感触でわかった。しかもバレットも着ておらず、どこにやったかと体を動かさないように目を凝らして見てみれば、ベッドのそばやらソファーの背中やらに、互いの振くが入り交じった状態で点々と落ちている。
しかも極めつけと言わんばかりに、腕の中でぐっすり寝こけている身体には、明らかにキスマークと解る痕や人間のものと思われる歯形が所々にくっきりと残っていた。
(まさか)
おそるおそるめくった布団をまたおそるおそる戻しながら、バレットは自分の血の気が引いていく音というものを生まれて初めて聞いていた。
(まさか、やっちまった?)
確かに昨日は久しぶりの酒場がある街だったし、モンスターの素材やらいらない道具やら道中で拾った金になりそうな物を売っ払ったことで懐事情にも余裕ができていた。だから結構飲んだだろうというのはまず間違いないだろうし自分でもそのあたりは覚えている。だが、酒場を出た後の記憶がどうもあやふやだ。誰かに支えられたような気もするし、頻繁に「大丈夫か」と言われた気もする。そして――
「っくそまじかよ」
二日酔いの頭痛とともに一瞬脳裏をよぎった肌の記憶に思わず舌打ちしてから、慌てて口を閉じる。だが一瞬遅く、声に反応したクラウドがほんの少しだけ身をよじり、何か取り繕う前にごくごく近い距離にある瞼が震え、魔晄色の瞳が男にしては長い睫の下からゆっくりと現れ出てしまった。
「……ん、なんであんた、ここにいるんだ」
一瞬の沈黙ののち先に口を開いたのはクラウドだった。その声は、昨日の酒のせいかはたまた別の理由のせいか、すっかり掠れている。そしてどうやら、今の自分たちの状態には気づいていないらしい。
ええいままよ、とバレットは腹をくくった。ここで先に気づかれるよりは、自分から話を聞き出して謝った方がいい。
「あのよお、昨日のこと、おまえ覚えてるか」
「昨日……?」
それとなく身体を離し、互いが裸であるということに気づかれないようにしながら聞くと、クラウドは相変わらず覚めきっていない目でしばらく考えた後、「ああ」と染み出るような声で言った。
「おもいだした。あんた、ものすごく変な酔い方してたぞ」
「お、おお……? そうなのか……?」
だが、覚悟を決めたバレットの耳に飛び込んできたのは意外な言葉だった。
「外歩いてるときはまだましだったのに、ここに着いてからが大変だったんだ。ぽいぽい服脱ぎ出すわ、『おまえも暑いんじゃねえのか』とか言って俺のも脱がすわで」
「おう……すまん……」
「しかも、俺を抱き枕か何かと思いこんで抱えたまま離さないし、抜けようと思ったら噛んだりしてくるし。あんた、相当ご機嫌だったんだな?」
はあ、という心底呆れた重たい溜め息が、少しトゲのある視線とともにバレットに刺さる。普段であればこんな目をされたらイラッと来るのだが、今回ばかりは自分に非しかないので申し訳なさばかりが募って、いつもの怒りは全くもって沸いてこなかった。むしろ、申し訳ないと思うと同時にほっとしてしまった自分が確かにいた。
「んだよ、まじか、安心したぜ……」
「なに?」
「いや何でもねえ悪い。……あー、治すだろ、それ。マテリア使うか」
おそるおそる聞いたら「使う」と帰ってきたので、ベッドを抜け出し荷物の中から引っ張り出す。振り向いたところ、やはり所々に歯形の残る腕が布団の中からにゅるりと伸びて「くれ」と言うので渡してやったら、しゅるりと戻っていった。
「オレぁシャワー浴びてくる。もうちっと寝てろ」
「言われなくてもそうするよ。誰かのおかげで寝不足だ」
もぞもぞと動く布団の塊が、ほんのり淡くライフストリームの色に彩られた。それを見届けたバレットは、そこかしこに散らかる自分の服を拾い集めながら風呂場へと向かう。
「……――」
バスルームの扉が閉まったその瞬間、詠唱に紛れてこぼれ落ちた呟きが、バレットに聞こえることはついぞなかった。