あなたとごはんを:朝起こしてくれるクラウドちゃん / バツクラ / 文庫ページメーカー
「起きてくれ」
ひどく優しい音が耳をくすぐり、まだ半分夢の中にいたバッツの意識がじわりと現実に引き上げられる。
「バッツ?」
その声が余りにも甘いものだから、なんだか周りの空気まで甘く感じる。まるできちんと練ったココアのような、はたまた専門店で売っているチョコのような、思わず口に含みたくなる甘さがバッツの意識を包み込んでくる。
(……まった)
ああいいにおいだ、このまま寝たら幸せだろうなあ――なんてとろとろとした眠気に再び沈みだしたバッツだったが、これは錯覚にしてはあまりに真に迫りすぎている。それにこの声、どこかで聞き覚えがあるような――
「バッツ、腹減った……」
最後の甘えた一言に、くっつきたがる瞼を渾身の力で引き剥がして現実世界へ浮き上がると、そこには自分をのぞき込んでいるきれいな宝石があった。半ば覆い被さるようにしているその宝石のような双眸の主は声の通りに柔らかい笑顔で、あまつさえバッツの頬に手を添えて、すいすいと親指で目の下あたりを撫でてきている。
「……んんおぉ」
おかげで変な声が出てしまった。自覚してやっているのかどうかはわからない、いやたぶん自覚していないのだろうが、あまりに破壊力が強すぎる。
その彼は、「あ、起きた」と言うとさっと手を離した。
「おはよう」
「はよ……お、サンキュ」
「うん」
手渡されたのはほかほかと湯気を立てるココアが注がれたマグカップだった。さっきの匂いはどうもこれだったらしい。
「飯な。まだ時間あるか?」
「うん」
「おっけ」
バッツは一口だけ口をつけると、カップを持ったまま寝床――といっても間借りしている身なのでソファーだが――を抜け出す。確か冷蔵庫の中には卵とソーセージがあった。それにレタスもまだ残っていたはずだと頭の中で献立を考えながら、ぽりぽりと頭をかく。
「それにしたっておまえさあ、起こし方卑怯だよなあ」
「卑怯?」
心に浮かんできた言葉をそのまま口に出したところ、布団を片づけてくれていたクラウドはそう返してきた。冷蔵庫越しの声には純粋な疑問の色が滲んでいる。どうやら本当に自覚がないらしい。
「無いとこが疼いちゃったぞ」
「……?? お大事に」
「おうよ。……ってかさ、他の人もこうやって起こしてんの?」
それはさぞかしモテるに違いない。らしくない、僅かな嫉妬を感じながら、卵を三つと、少し悩んで高めのバターを取り出す。
そしてドアを閉め――ようとしたが、その前に飛び込んできた一言にしばらく冷気の中で頭を冷やす羽目になった。
「いや? あんただけだ」
「……んんおぉぉぉ……」
「……バッツ? おい? 具合悪いのか? ご飯買ってきた方が」
「悪くない、悪くないから、もうちょっとなんか……顔冷やしたくて、眠気覚ましに」
だからもう少し待って、とバッツはなんとか絞り出す。
――今日のオムレツはやたらとバターが美味しいと(本人にしては)満面の笑顔で言われ、また冷蔵庫に顔をつっこむことになったのは、それから二十分後のことだった。