追い詰められた雄みのあるレノさん / レノクラ / 文庫ページメーカー
オマエさあ、それわざとやってるわけ。
骨ばった手が二の腕を掴む直前に聞こえてきた言葉は、刺々しさすら感じられる一言だった。何か反応する前に掴んできた手は淀みも躊躇いもなく動き、クラウドの身体をあっさりと部屋の中に引き戻すと、手加減が微塵も感じられない勢いで玄関前の壁に叩きつける。
「いっ」
「わざと?」
痛い、というのも全部言わせてもらえず、ただ普段の饒舌な彼とは正反対の端的な言葉だけをぶつけられる。まるで感情がない、驚くほどに淡々とした一言に怒られるのかと縮こまったら、「違う」とまたごくごく短い言葉が返ってきた。
「怒ってねえから」
こっち向け。
普段のレノとは全く違う、ひどく短い飾り気のない言葉に、恐る恐る顔を上げる。
「っ」
だが、クラウドはすぐに伏せてしまった。
――翠の目が真っ直ぐ射抜いてくる。
何もかもをそぎ落とした、しかしただ一つだけ爛々と光り輝く感情を滲ませたその瞳は、クラウドの脳髄のその奥深くまで突き刺してしまうかのようだ。怒っていない、確かにそれはわかるしレノも嘘は言っていない。
「だからこっち向けって」
所作は優しげだがまるで遠慮のない指がクラウドの顎にかかった。そのままぐいと伏せていた顔を上げられる。せっかく逸らしていた視線が、レノの瞳に飲み込まれる。
「んぅ」
空気が奪われた。ぐちぐち、ぐちぐち、自分のものではない下が口の中をかき混ぜ侵していく。ぞり、と上顎の裏を舐められた瞬間に足から力が抜け、そのまま重力に負けてしまう。
「おっと」
だが、床に座り込む前にレノの膝が邪魔をした。割り込まれた膝に軽く跨がってしまうような体勢になり、ますます逃げ場がなくなる。
普段ならここで軽口が一つ二つ飛び出してくるのに、今日のレノにはそれがない。ただ、普段よりもぐっと近いうなじから、部屋着の黒いタンクトップから見える胸板から、濃いにおいがして頭がくらくらする。
雄だ。雄のにおいだ。いつも吸っている煙草のにおいや、レノ自身のにおいとはまた違う、頭の奥が痺れるような獰猛なにおいがする。もちろん実際の体臭ではない、細胞の感応がもたらしたものだが、それでもクラウドの体の中から熟れた熱を呼び起こすのには十分だった。
「いいな」
許可ではない、ただ一方的な宣言に、クラウドはただ目の前の獣を見上げることしかできない。
その惚けた目をどう受け取ったのかはわからない。ただレノは――赤毛のけだものは、その口元ににやりと犬歯を覗かせた。