[2018/12/21]バツクラ

あなたとごはんを / バツクラ+ジタン君 / 文庫ページメーカー

 クラウドは朝が早い。
 線の細い美人だから寝起きが悪そうなものだが、バッツよりも遅く起きたことは今までの生活では全く無かった。前日、どれだけ遠方に配達に行って帰ってきても、次の日の朝はバッツよりも先に起きて、そして淹れたてのココアを持ってきては、朝ご飯をねだる。
 そのせいか、家でココアの匂いがすると、朝ご飯作ってやらなきゃななんて思うようになってきてしまった。
「え、なにそれ、すげえな」
 その話をしたところ、ポテトを摘まんで口の中に入れていた悪友が目を丸くした。
「朝飯食うより冒険って言ってたお前がなあ」
「だろーおれでも不思議。外でココア飲んでも別にそんなことないのにさあ。……まあ、居候みたいなもんだから何かしてやりたいってのはあるんだけど」
「確かにな」
「体力使う仕事してるし、精の付くもん作ってやんなきゃって」
 バイク便だから運ぶものは軽いものらしいのだが、ただその身軽さゆえに隣の市まで、はたまた高速に乗ってさらに遠くまで往復というのも頻繁にあるらしい。そのくせみっちり仕事を詰めたがるものだから、当然日中のご飯なんてゼリーが飲めたら御の字だ――と、当の本人から聞いた。
「それ聞いて、あーほっとけねえなって思った」
「ふーん。じゃあふらふらほっつき歩いたりはもうしてないのか」
「してるよ」
「してんのかい」
 ずここ、とバッツはジュースを吸い上げる。
 別に旅をやめたつもりはない。適当にふらっと出て行くことには変わりないし、頻度も多分減ってはいない。正直なところ、減らせるようなものではない。ただ、出て行く前には朝や夜に食べられるように、大量に作り置きしていくことにはしている。
「……主婦?」
「うん、おれも冷蔵庫の中にタッパー積んでるときちょっと思った。でも楽しいんだなーこれが」
 明日はこれ、明後日はこっち、そしてさらにその先はこれで、もし帰る日が延びたら冷凍庫の――なんて考えながら、自分が作りたいものを思うままに作れるのは実際性にあっているようでとても楽しい。
 それになにより、(携帯が通じる地域だったら)クラウドから「おいしかった」というメッセージが写真付きで送られてくるのがとても嬉しいのだ。飲食バイトでキッチンにいるときは、客から直接そんなことを言われる機会はほぼないから、それが楽しくてしょうがなかった。
「ま、うん、いいんじゃねえの、それでさ」
 再びポテトがジタンの口の中に消える。
「で、今日は良いのか? 帰んなくて」
「んーさっきメッセージ来てさ、この辺通るから一緒に帰ろうって言われた。だからここで待ち合わせ」
「ほーん」
「あー今日の晩ご飯何にしようなあ。あいつの話したら無性に作りたくなってきた」
 確か冷蔵庫には食材があんまり無かったはずだ。帰りに買い出して行こうかなあなんて考えていたら、不意に天啓が降りてきた。
「ナポリタン」
「あーナポリタン? 確かにナポリタン好きだわあいつ!」
 そしてその天啓に答えてから、それがジタンから発せられたものではないこと、後ろから飛んできたこと、そしてその声が今まさに話題にしていた人物のものであったことに気づいた。
「クラウド! おかえりー!」
「ただいま。ジタンは久し振り」
「おー、久し振り」
 振り返った先でひらりと手を挙げたのは、黒いライダースーツに身を包んでサングラスを胸元に引っ掛けたクラウドだった。はいあーん、なんてジタンから差し出されたポテトにすうと吸い寄せられた彼は、あーんと素直に口を開けながら、手に持っていたヘルメットをぽんと渡してくる。
「ん」
「サンキュ」
 もっもっと口を動かすクラウドに、チョコボみたいだなあという至極のんきな感想を抱きながら、よっこらせと立ち上がった。
「そんじゃ、またな」
「おう。家主に迷惑かけるんじゃないぞー」
 じゃあなと手を振るジタンに自分もまた振り返して、一足先に店を出ようとしていたクラウドの後ろ姿を追いかける。ヘルメットをかぶり、路肩に停めていた見慣れたバイクのその後ろに跨がると、程良く引き締まった腹に手を回した。
「途中でスーパー寄っていい?」
「いいぞ。……それなら卵スープも飲みたい」
「よっしゃ任しとけ」
 フルフェイスの中の顔がほんの少しだけ笑った気配がした直後、腹の底にくるような振動と同時にぐいと前に引っ張られる。
 せっかくだからサラダも作ってやろうかなんて考えながら、バッツはその背中に身体を寄せた。

三度の飯が好き

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