ハッサクさんと盛り上がった第二弾 / ハデクラ / 文庫ページメーカー
見た目の割には我が強いらしい。
条件付きで新しく配下に迎えてやった番犬は、人間のメスのような顔をしておきながら一丁前に気が荒い。もしかすると門を任せている三頭犬よりも扱いづらいかもしれない——と、物騒に唸って暴れる身体を抱えて押さえつけながらしみじみ思った。
契約上自分に噛みついてくることはないものの、我が儘は言うし今のように暴れもする。それに、契約書の雇用主に含まれていない手下どもに関してはまるで容赦がない。この前など、餌やりの方法が気にくわなかったという理由で手下の尻尾を食いちぎろうとしていたものだから、しつけ(と安全)のために口輪を付けてやらなければならなくなった。
しかも、自分にだって噛みつかないだけで、それ以外のことは普通にやるのだ、この犬は。
「あいだっ」
抱え損ねた翼がばちんと頬を打ってきて、予想外の痛さに思わず声が出た。翼と言っても、あの忌々しい天馬に生えているような羽毛たっぷりのものではなく、骨と皮でできてたコウモリのようなそれだ。しかも本人は本気で抜け出そうとしているから力加減も容赦もなしときている。柔らかさも優しさも何もあったものではなかった。
「こら、ちょっと暴れるんじゃないよ」
何か使えそうなものがないかと周囲に目をこらして見せても、手下どもはこの吠え散らかす犬にすっかり苦手意識を持って近づかないし、何よりここは自身のプライベートルームだ。入ってくるのは命知らずの英雄ぐらいしかいない。
「なに、なんだよ、そんなに散歩やめさせたのが嫌だったわけ」
ヴゥゥゥ――と明らかに不服そうな唸り声が聞こえて、犬の腹に回した腕に指が食い込む。どうやら図星らしい。
確かに契約で「週に一日は自由に冥界を歩いていい」という項目は盛り込んでやったが、番犬の仕事の方が優先だ。それもきちんと書いたはずだろうとここ一番の猫なで声で言ってはみたものの、効き目はまるでなかった。それどころかもっとひどい。何かを言おうとしても翼で叩かれてしまう。いい加減顔が痛いし、これ以上好きにさせたらきっともっとわがままになるに違いない。
――それにここは冥界だ。あの死者の沼でどれほど大事な物を探しているのかは知らないが、冥王以上に優先されるべきものなどあってはならない。
「グゥゥ」
犬の唸り声が、今度は別の色を伴ってその口からひり出される。今まで加減してやっていた腕に少しだけ、ほんの少しだけ力を入れただけだったが、それでも犬は先ほどとは違う必死さで抜け出そうと暴れ出した。
「いい加減にしろよなりそこない」
構わずそのまま壁に押しつけると、もがく翼の付け根に極力優しく触れた。そして、骨と皮膜の境目をわざとゆっくり、指でなぞっていく。
「あんまりワガママ言うとボロボロになるぞ」
犬の体が跳ねた。
腕の中で暴れる力の向きが変わったのを察して離してやると、先ほどまで威勢良く吠えていた犬は、きゅうきゅうと情けない声を出しながら翼を抱え込み縮こまる。
「そう、それだ、それでいいんだよ」
怯える犬に構わずぐいと顔を近づけ、望み通りの畏怖を浮かべる両目を――死者の沼めいた色を湛えた瞳をのぞき込む。地上の実りをそのまま持ってきたような頭をわしわしと撫でてやれば、返ってくるのは理想的な、控えめな恭順だ。
「よしよし良い子だグッボーイ、もうしないな? ん?」
「……ゥゥ」
「よーしよしよしよし。怖かった? 怖かったなあ、おまえがもうしなきゃしないからな。スリスリは? よし良い子」
控えめに擦りよってくる犬を抱き上げて、専用に誂えてやった寝床に戻してやる。少しだけ加減が利かずに焦げてしまった箇所をちょちょいと治してやると、相変わらず翼を抱えたままうずくまる犬に適当なクッションを作って放ったら、それも素直に抱き込んだ。これでしばらくは静かになるだろう。
「その調子で良い子にしてなさいよ」
次はないからな、という一言は背を向けていても伝わったらしい。
冥界にはない血の通った塊が竦み上がる気配を感じながら、死を支配する王はにやりと笑った。