セブンスヘブンお客様感謝デー 昼編 / モブクラ / 文庫ページメーカー ※女装表現あり
久しぶりに昼休みが長めに取れたからどこかに食べに行こうとしたら、先輩に襟首を掴まれたのがことの始まりだった。
別に何も、本当に物理的に掴まれたわけではない。が、それと同じくらいの力強さで引き留められた。仕事はちょっと力を抜く先輩から珍しく真面目に、しかも力のこもった言葉で職場近くの店が今日限定でなんやかんやと言われ、結局一緒にその店に行くことになったのである。
果たしてその店は、エッジの住人なら一度は耳にしたことのある店だった。
「うわめっちゃ混んでる」
エッジ新興の折にいち早く店を開いて食事と憩いの場を提供してくれた、気だてのいい女主人が仕切るその店は、近年まれにみる盛況振りだった。並んではいないものの、ガラス越しに見える店内はほぼ満席だ。
だが、奥を透かし見ていた先輩は、「おっ!!」と嬉しげな声を上げた。
「でもなんとか入れそう!! すんません二人です!!」
「はーい、そこの席ちょうどあいてるわ」
店のドアを開けて声をかけると、カウンターの奥の店主が指した場所はたしかに狭いながらもきっちり二人分開いていた。人にぶつからないように気をつけながら、二人はその席へと向かう。
「めっちゃ混んでますね」
「お客様感謝デーだからなあ」
なるほどお客様感謝デー、確かに説得されたときにそんな単語を言われた気がする——と、十数分前のことを思い出していたら、不意にテーブルに影が差した。
「あの、ご注文は」
どうやら注文を聞きに来てくれたらしい。さっきの店主の声とは違う、少し低めのハスキーボイスだ。きっと店員だろうと顔を上げる。
「えっと、」
瞬間、呼吸を忘れた。
柔らかい昼の光を反射する金髪に、まるで彫刻のように透き通る白い肌のコントラストが視界を染める。少しだけ困り気味に寄せられた眉と、複雑なカットを施された宝石のように不思議な色を湛えた瞳は視線を離そうと思っても離せないし、未だ不慣れなのかおどおどとした雰囲気がまた庇護欲をかき立てる。一見時代遅れにも見えるクラシカルなメイド服もこれまた彼女の人間離れした魅力を引き立てる道具として十分すぎるほどに機能しているようで、――つまり一言で言うと、一目惚れした。
「あ、……えと」
「日替わりランチで! お前もそれでいいよな」
「へ、は、はい、だいじょぶです」
「かしこまりました」
白手袋に包まれた手がさらさらと伝票を書き、半分切り取ってテーブルに置く。遠ざかっていく後ろ姿をぼーっと見つめていたら、ふと先輩の方からにやにや笑いの視線を感じた。
「……なんですか」
だが、何となく悔しいのでそっちの方は見ない。視線はじっと彼女を追いかけているままだ。
「今の心境は?」
「……うるさいっす、ちょっと黙ってもらっていっすか」
「いいからいいから」
「……白手袋っていいもんなんですね」
ロマンチックなものはあまり好きではないのだが、これは認めざるを得ない。
恋は落ちるものと言うのはよく言ったものだと、そのときの彼はただ先人たちのセンスに脱帽するほかなかった。