[2018/10/15]コルクラ

農園お疲れ様でした / コルクラ / 文庫ページメーカー

 無遠慮に口ひげを引っ張られて目を覚ましたら、目の前には感情の読めない蒼い瞳があった。
「……ほひ、どうした、おまえ。朝か?」
「……」
「あだっ、やめろ、起きりゃあ良いんだろ」
 再度髭を引っ張られ、一体全体何のつもりだと身体を起こす。半分眠気に漬かった目をこらして外を見たら、分厚いガラスの向こうに見える空はまだ暗く、朝どころか夜明けすらも遠い時間のようだった。
「おい」
 なんて時間に起こしてるんだと起こした張本人を睨みつけるが、彼はまるでその視線の意図を理解していなかった。ただじっとコルネオを見返した後、たどたどしい手つきで布団を引っ張ってくる。
「入れてほしいのか」
「……」
「わかった、わかったから引っ張るな」
 ほらよとめくった布団に、彼は何の遠慮もなく入り込んでくる。もぞもぞとしばらく動いていた身体はやがて大人しくなり、大きなあくびを一つしたのを最後にゆっくりと目を瞑った。
 なんでまたこんな夜中にと布団をなおしてやったそのとき、部屋の扉の向こうから男達の笑い声が聞こえてきた。酒盛りでもしているらしい。
「……ああ、うるさくてこっちたのか、お前」
 それなら納得だと布団の下で丸くなる身体をぽんぽんと叩いてやる。いつも彼が夜寝る部屋の近くに部下達が集まる部屋があるのだ。きっと騒ぎに我慢がならず、一番静かなこの部屋に来たのだろう。
「ほひ、かしこい、かしこい」
 念入りに手入れされたふわふわの金髪を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに擦りよってきた。
 そう、彼は頭自体は良いのだ。ただそれをヒトとしてうまく使えなくなっているだけで、ふとしたときに見せる賢しさは前と何ら変わっていない。たとえ言葉を忘れ、人としての自分を忘れ、そして家族を忘れても、本人の性質そのものはあまり変わっていないのだろう。トイレの場所もすぐ覚えたし、行ってはいけない場所も教え込んだらちゃんと理解した。ベッドで寝ることを覚えるのはなぜかかなり時間がかかって、今でもたまに寝たがらないが、それでもこのとおりコルネオがいたらのそのそと入ってくるようになった。
 ——それが逆に、哀れでならない。
 コルネオは布団の中に手を突っ込むと、彼の首に巻かれた革に触れる。特別に誂えられたらしい首輪には、鎖をつなげるための輪があった。そしてそこには、使い込まれていたらしい傷も付いている。ヒトとしての尊厳を徹底的に叩き折られたその証だった。
 彼のかつての姿を知っているからこそだろうか。それとも、自分もかつて犬畜生以下の扱いを受けていたからだろうか。そのどちらかはわからないが、かの農園が閉鎖したときコルネオは真っ先に手を回し、数々の希少な、カネになる家畜よりもまずこの哀れな青年を確保した。そして、手を出すこともなくこの屋敷の中で飼っている。
 「ドン好みに育てるんですか」と部下の一人は言い、「店に出すんで?」と右腕は言った。だが、今のところどちらもするつもりはない。どんな風の吹き回しかと自分でも思う。
 ただ言えることは、彼は今の生活がそれなりに気に入っているようだし、コルネオも悪くはないと感じている。それだけは間違いがなかった。
「明日はちゃんと部屋で寝ろよ、クラウド」
 野郎共には言っておくからとまた頭を撫でてやったら、言葉からは程遠い、しかし心地良さげな寝言が返ってきた。

三度の飯が好き

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