DC後の社長とクラウドちゃん / ルークラ / 文庫ページメーカー
「楽しいか」
今までずっと黙っていた人間がいきなりそんなことを言ったものだから、ルーファウスはぱちくりと瞬きをした。
「突然何だ」
「見てて楽しいかって聞いてる」
対する相手はもうこちらを見ようともしない。ただぼんやりと目線を下に落としている。
「顔が笑ってた」
「おや、そうだったか。失敬」
別に楽しいわけではない。こんな消毒液くさいところにいて楽しみを見いだせるのは変人と相場が決まっている。
「じゃあなんで笑ったんだ」
「君が余りにも大人しいから、つい」
ここで初めて、相手の視線が自分に刺さってきた。文字通り刺さるという表現が相応しい鋭い視線だったが、やはり本人が動くことはなかった。
「借りてきた猫、いや犬かな。君の場合は」
ルーファウスは、布団の上に置かれた手に自分の手を添える。普段よりもわずかに高い体温を伝えてくる手は、振り払ったり、ひっかいたりという攻撃性はまるで見せず、ただされるがままだった。
「……おとなしくしないと、治るものも治らないから」
「殊勝な心がけだ。飼い主の躾が良いのかな」
「だれが飼い主だ」
「では恋人」
再びクラウドは黙り込んだ。
機嫌は全体的に悪そうだが、以前に比べたらだいぶんましだ——と、ルーファウスはその顔色を伺いながら、僅かに見えている肌を指の腹で優しく撫でてやる。
別に「そういう」意味ではない。ただ単純に落ち着かせるためだけの動作だったが、その意図をクラウドは正しく理解したらしい。ぽつりと漏れた「もういいから」という言葉からは、先ほどのような刺々しさは消えていた。
「仕事行けよ。忙しいんだろ」
「忙しいのは否定しないが、私の気が済んでいないのでね。もう少し頼むよ」
包帯だらけで、ろくに力も入れられないような手を優しく包んでやる。
——少し前まで、そうほんの少し前までは、人知れず世界を救ってきた彼は文字通りベッドに縛りつけられていた。怪我で朦朧とした意識の中、消毒液の匂いと白衣の人間たちに囲まれてしまったクラウドは、かつての地下室の悪夢の中に迷いこんでしまったのだ。怯え、暴れ、ともすれば傷を悪化させかねないほどだったクラウドが正気を保っていられるようになったのはつい最近である。
だから、という気持ちもないわけではない。しかし、もうルーファウスが近くによりそってやる必要も、部屋の隅にうずくまって震えるクラウドに此処は怖くないと言い聞かせてやる必要もないことは十分理解している。
それでも、ルーファウスにここから動く気はさらさらなかった。
「それに、君が寂しがると解りきっているのに、仕事に行くバカはいないだろう」
「……言っとけ」
ぷい、とクラウドの視線がそらされた。
その金髪から僅かにこぼれた朱色に思わず笑ったら、「また笑ってる」と怒られてしまったのは言うまでもなかった。