[2018/10/08]バツクラ

あなたとごはんを:二人と元彼 / バツクラ / 文庫ページメーカー

 朝、部屋の中がいつになく静かで、世界に誰もいなくなったのかと思った。
「……って、なんだ、クラウド起きてないのか」
 だがそれもすぐに錯覚だと理解した。いつも自分より早く起きるクラウドが、未だベッドの上ですーすーと寝ていたからだ。どおりでシャワーやらドライヤーやら、テレビの天気予報やらの音がしないもんだからえらく静かだったわけだと納得した。
 だが、もう起きないといけない時間はずだ。朝イチの配達がある日ならもう家を出ている。そう思ってクラウドをゆさゆさと揺さぶってやったら、目すらも開けずにただ一言、「やすみ」という単語が絞り出された。
「休み?」
「……」
 それきり応答がなくなった。
 しょうがないので壁掛けのカレンダーを見てみたら、確かに今日の欄には「定休日」の文字がある。
「あ、ほんとだ。……ってか、前から思ってたけど定休日少なすぎねえか?」
 ぺらぺらカレンダーをめくっても数えるほどしか、特に今月来月に至っては今日の一回くらいしか出てこない。そんなんで身体が保つんだろうかと首を傾げたが、一緒に暮らし始めて数ヶ月、風邪などひいたことはないし体調を崩したところを見たこともない。むしろバッツの方が風邪をひいたりするから、たぶん大丈夫なのだろう。
「まあいっか。じゃあ朝飯作ってやるよ、何食う?」
 朝からこいつとのんびり飯が食えるのはそれはそれで面白いかもしれないなんて、うきうきしながら自腹で買ったエプロンを付けながら聞く。だが、休みの日はスイッチが完全に切れるタイプなのか、クラウドは全くもって反応してくれなかった。
「しょうがないな、勝手に作ってやるか」
 幸いこいつは何を作っても好き嫌いしないで食べてくれる、良い胃袋をもった奴だ。だからバッツは作りたい物を作ることにした。
「——おぁ?」
 だが冷蔵庫に向かった途端、ぴんぽんと玄関ベルが鳴った。一拍置いてぴんぽんぴんぽんとやたら急かすように鳴り出したものだから、面食らったバッツは慌てて玄関に足を向ける。
「なんだよこんな朝っぱらから」
 配達なんて頼んだ記憶はないし、それに配達だったらこんなに乱暴に鳴らすことはまずない。勧誘だったら叩き出したろうと鼻息荒くドアノブを握り、怒気を滲ませた笑顔でドアを開ける。
「はいはいなんです、……?」
 だが開けた先には顔はなかった。
 むしろ筋肉があった。
「……おう? なんだ、お前」
 筋肉の上からやたらいかつい声が降ってきて、バッツはゆっくり視線を上げる。するとそこには、声の通りにいかつい熊のような髭面刈り上げの男の、きょとんとした顔があった。
「……熊?」
「いや熊じゃねえよ何言ってんだお前。っつうかここ、アレだよな? 金髪鳥頭の野郎の家でいいんだよな? 引っ越してねえよな」
「えっそう——」
 だけど、と言いかけて、ここでバッツははっとした。まさかこいつ、借金取りとかそういう類の人間なんじゃないだろうか。それならこんなごつい顔も、同じ種族とは思えない体格も頷ける。手に提げた紙袋にはたぶんとても口には言えないような書類が詰まっているに違いない。クラウドがあんなに休みなく働いているのも借金を返す為なのかもしれない、いやきっとそうだ。それならここでホイホイ通してしまっては居候の名が廃る。
 言いかけた言葉を飲み込んだバッツは、キッと目線に力を込めてその熊男を見返した。
「クラウドはここには」
「バッツ、なにしてるんだ」
 だが瞬間後ろから味方に撃たれた。
「おいちょっと出てくるなって」
「? なんで」
「おーやっぱ居るじゃねえか、びっくりしたぜ。あがるぞ」
「ああ。おれはねるから」
「はぁ!? えっ、ちょっ、ええ——?」
 バッツを押しのけ、熊男は随分慣れた様子で部屋に入る。その後にふらふらとついて戻ろうとするクラウドの首根っこを慌てて捕まえれば、不機嫌そうな顔がこちらを向いた。
「なに」
「何って、ちょっと、アレこそなんだ!?」
「アレって……バレットか? 知り合い、と、むかしなじみ」
「アレが!?」
 それにしちゃ随分気安くないかいとひそひそ声で迫ったら、クラウドは眠気に浸食されてぼんやりと覇気のなかった顔を一瞬だけしかめると、また呂律の回っていない口で続けた。
「きやすいって、そりゃ、元彼だから」
「あっあーうん、なるほどわかっ、……わかっ……!?」
「ねる」
 とんでもない一言に固まったバッツの手を振り払うと、今度こそクラウドはよたよたと部屋に戻っていってしまう。
 後に残されたバッツは、ただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。

三度の飯が好き

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