ミディールのアバランチ組 / バレクラ / 文庫ページメーカー
初めて腕の中に抱いた体温はひどく軽かった。
「ね、バレット、ちょっと抱っこしててくれる? シーツ換えるから」
そうティファに言われるがまま、クラウドを抱き上げて作業が終わるのを待つことしばらく。動きも話もしない体は暖かい抱き枕のようだった。
完全に力を抜いているのだろう。いつなんやかんやと忙しく変わる彼の表情は、今ばかりは静かそのものだ。いや、今ばかりはというよりは、ここ数日は、という表現が正しいのだが。
まるで赤子のように体を預けているクラウドは、ミディールで見つかってからというもの、ろくに表情を動かしていない。目を覚ましている間にも彼の表情は動く方が珍しかった。見ている時間が長いティファに言わせれば「そんなことないよー、結構変わるわよ」とのことなのだが、あいにくバレットにはそういったようには見えなかった。ただ呼吸をし、思い出したように瞬きを挟むだけだ。
「……軽くなっちまったなあ」
ぼそりと呟いた独り言は思いの外大きかったらしい。新しいシーツをベッドの上に広げていたティファが「うん」と頷いた。
「ご飯はまだ食べてるんだけどね、量が少なくなっちゃって」
「そうか」
「そのうちお腹に直接入れるか、点滴になるだろうって先生が言ってた。そっちの方がいいときもあるんだって」
「……」
それはまるきりの病人じゃないのか——と、喉元まででかかった言葉を胸の内に押し込む。こいつはもうそんな存在になってしまったのだ。かつて彼らの先頭に立ち、冗談みたいな大きさの剣を振るい、来る敵すべてを蹴散らしていた彼はもういないのだろう。
ティファは敢えて何でもないようなことのように言っているが、きっと彼女も同じ気持ちなのだろうというのは薄々わかった。バレットに抱えられてただ息をするだけのクラウドを撫でるその瞳が、抑え切れていない感情に揺れている。
「……あ」
だが、そんなティファが不意に明るい声を上げた。なんだなんだと顔を上げたら、その表情が珍しくやわらかいものになっていることに気づいた。
「なんだ」
「しーっ。クラウド、寝ちゃったみたい」
「あ?」
ほら、と指された先に視線を向けると、それまでぼんやりと、どことも知れないところを見ていたクラウドの瞳が瞼に覆われていた。心なしか体温も高く、たまに不安定になっていた呼吸も深く落ち着いたものになっているところからして、確かにティファの言うとおり寝入ってしまったらしい。
「安心したのかな」
「……」
バレットはその、一見して穏やかな寝顔を見つめる。
そして少し考えたあと、言った。
「……なあティファ、もうちょっとこのまんまでもいいか? その、なんだ、安心するんならこうしといたほうが良いんじゃねえかと思って」
「え? うん、いいよ、もちろん」
ティファは一瞬きょとんとしたが、すぐに良かったねえクラウド、なんて笑いながら、そのふわふわと遊ぶ金髪に指を埋める。
「じゃあ、わたしご飯食べてきてもいい?」
「ついでにたっぷり休憩してくりゃいい。何かあったら呼ぶからよ」
「ほんと? じゃあちょっと行ってくるね。ありがと」
「いいってこった」
ティファが静かにベッドの置いてあるスペースから出て行く。二言、三言とドクターや看護師と言葉を交わしたあと、診療所の扉が閉まる音が聞こえた。
「……クラウド」
完全に気配が遠ざかったのを確認したあと、バレットは穏やかに呼吸を繰り返すだけの身体を抱き締める。
「クラウド、……クラウドよぉ、何でお前、こんななっちまってんだよ、お前よお」
情けなく震えながら口をついて出た、まるで意味もないその言葉に、返事はかえってこなかった。