[2018/09/25]バツクラ

斜陽の日々:弱りゆくクラウドちゃんと押しかけバッツ君 / バツクラ / 文庫ページメーカー

 夜明けと同時に目を覚ましたバッツは、軽くのびをすると静かにベッドを抜け出した。
「今日も良い天気になりそうだなぁ。……っふぁ」
 あくびをかみ殺しながら、バッツはまず靴を突っかけ外に出た。家の近く、小径を行った先に作った畑から食べ頃の葉野菜を摘んで、帰りがけに鶏たちの巣箱から二つ三つ卵を頂戴していく。ついでに軒先に干していたソーセージもひょいとひっかけ、家に戻った。
 野菜を手早く洗ってボウルに盛りつけると、バッツは慣れた手つきで卵を溶く。フライパンをコンロに置き火をつけて、十分温まった頃にぽとんぽとんと山羊の乳のバターを落とし、くるりくるりと回したあと、溶いた卵を流し入れた。頃合いを見計らってソーセージも放り込むと、脂の弾ける良い音とともに肉のいい匂いが台所に広がった。
 手際よく朝食の準備を進め、あっという間に二人分のオムレツとサラダ、そしてついでにトーストも用意したバッツは、ふん、と満足そうに頷くと、今度は小さい鍋を取り出した。そしてミルクの入った瓶も冷蔵庫から取り出すと、だいたいこのくらいかな、と目分量で鍋に注ぎ入れる。
 ふつふつと沸き立ってきたところでコンロの火を消すと、いつもの場所からマグカップを二つと緑の缶を取り出した。缶の蓋を開け、ふわりと立ち上る甘い香りを楽しみながらざくざくとそれぞれのマグカップに入れると、暖かいミルクを注ぎ入れてかき混ぜる。ふんわりと色づいたところでぽいとスプーンを洗い桶に放り込むと、マグカップを持って寝室に戻った。
 未だカーテンが閉められた薄暗い部屋の中、未だ安らかな寝息を立ててシーツにくるまっているのは、バッツが居候しているこの家の主だ。
 一度マグをナイトテーブルに置くと、その家の主の寝顔が穏やかであること、そして特に具合も悪そうではないことを確認してから、肩に手をかけて優しく揺り起こした。ついでにキスも一つ額に落とす。
「クラウド、朝だぞ」
 途端、クラウドの端正な眉がぎゅっと寄せられた。そして、瞼が震え、ゆっくりと持ち上がる。濡れた碧が現れて、バッツを捉え、しばらくしてからようやく、その唇が動いた。
「……あさ」
「そ、朝。ココア持ってきたぞ。起きられるか? 大丈夫か?」
「……大丈夫」
 身体を起こそうと力を入れるクラウドの背中に手を添えて、支えながらクッションを背もたれに差し込んでやる。まだ完全に目が覚めていないのだろう、ぼーっと力が抜けた表情のままの彼に、マグカップを持たせてやると、ようやくその顔に生気がにじみ出てきた。
「熱いから気をつけろよ」
「ありがとう」
 色の白い唇がそっと縁に寄せられた。ゆっくりとココアをすすり、わずかに喉が動く。
「うまいか?」
「うまい」
「そうかあ。今日はちょっと濃いめに作ったんだ」
 安堵の笑みなのだろうか、ほんの少し頬が緩んだクラウドの表情に見とれながらも、バッツもまた自分のマグに口を付けた。
「体調良かったら、一緒に飯食おうぜ」
「うん。今日はいける気がする」
「いいねえ。無理はしなくて良いからな。ちなみに今日はクラウドの好きなオムレツです」
「やった」
 にへ、という音が聞こえてきそうな笑顔に、つられてバッツも笑ってしまった。

 ——バッツがクラウドの世界に押しかけてから数年。
 クラウドの身体は、緩やかに死へと近づいていた。

 気づいたのは些細なことだ。それまで大剣を振り回して積極的に前線に立っていたクラウドが、ある時からじわじわとその得物を魔法に変えていったのだ。とある理由でおそろしく頑丈で長命と聞いていたから、それぞれの時間の流れの差なんてあまり気にはしていなかったものの、バッツにとっては顔を会わせる度に軽い得物に変えているのが一番気にかかった。
「数百年は生きてるからな、さすがに力も弱くなるだろ。あと重くででかいのは飽きたんだ」
 そう言いながら笑うクラウドは、ふと目を離した隙にどこかに行ってしまいそうな、そんな空気を漂わせていた。
 居ても立ってもいられなくなったバッツは、その時の闘争が終わったら、その足で女神に直談判して無理矢理クラウドの世界に一緒に送ってもらった。もちろんかなり渋られた。だが、粘りに粘って説き伏せて、次の闘争までという条件付きで、共に暮らすことを許されたのだ。
 そして、バッツはまだここに——弱りゆくクラウドの隣にいる。
「――ごちそうさまでした」
「ほい、おそまつさんでした」
 起きがけの言葉はどうやら本当だったらしい。近年まれにみる食欲を発揮したクラウドは、バッツが用意した朝食をぺろりと平らげてくれた。特に気持ち悪そうでもなかったので、一緒に台所に立って皿を洗う。
「今日何する? 調子良いなら畑手伝うか?」
「喜んで。そろそろ運動したいと思ってたんだ。バッツだけにさせるのも申し訳ないし」
「おまえまたそういうこと言う……畑も他のも、おれが勝手にやりたくてやってんだって。申し訳なく思わなくていいの」
 うりゃ、と肩で軽く小突くと、クラウドは擽ったそうに笑った。朝日をうけて輝くその顔があまりにも綺麗で思わず見とれていたら、隙ありとでも思ったのか、クラウドからげしっとあまり弱くない一撃が飛んできた。
「うぉぁ」
「はは」
「おまえ、もう、元気だな!」
 最高だな、当然だろ、なんて笑いあいながら、二人は洗い物を片づけてしまうと、いそいそと畑仕事の準備をする。まだ日差しは強いからなんて可愛い帽子をかぶせてやると、クラウドはまた笑ってくれた。
「しんどくなったらちゃんと言えよ」
「ああ」
「よし」
 バッツはクラウドの手を取って家の外へ出る。
 握りしめた指先は、ずいぶん細くなっていた。

三度の飯が好き

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