ディーラークラウドちゃんと鯨の客 / モブクラ / 文庫ページメーカー
今日もよろしく頼むよと綺麗に磨かれた椅子に座り話しかけたら、金髪に蒼い瞳を持つ彼はじっと見つめ返したあと、にこりともせずに「こちらこそ、よろしくお願いします」と淡々と言った。
客相手に笑顔すら見せない様は、他の人間であればすぐさま首を切られるだろう。だがこの青年は、いわゆる「そういった」態度で売り出すことを店側に認められている者だった。実際に、微動だにしない表情で卓に立つ彼は、その店側の承認を勝ち得た者に相応しい空気を纏っていた。冷淡と言うよりは陶器の人形を思わせる、カジノにはある種似つかわしくない空気と仕事ぶりにやられて、固定客として彼目当てに居着く客も多い。
かくいう男もその一人である。青年が受け取ったチップをフロアマネージャーに示す所作や、カーロドを切り、配るその手つき、他の客とごく短く交わされる言葉など、一挙手一投足全てがたまらない。まるでカジノの灯りを反射して煌めく宝石のようだと、自分の賭け金を卓に乗せながら思った。
「よろしいですか」
蒼い瞳が——彼が「氷の女王」と称される所以の一つとなった双眸が、卓についた客を見渡し、これ以上の賭け金がないかを尋ねた。自分も含めて、いずれもよく見る顔ぶれの客たちは、勝負事とはまた別のものからくる熱を、視線に込めて見つめ返す。
「……かしこまりました。カードを配ります」
異議が出ないことを確認した彼の指が真新しいカードを操り、それぞれの客の前に配り始めた。
***
何巡目かになるカードが手元に来た瞬間、思わず快哉が口から飛び出しそうになった。普段の自分の行動を思い返し慌てて押し込め、慎み深く、しかし渾身の笑みを浮かべてみせると、ディーラーはそのカードを一瞬見遣った後、自分の伏せられたカードをめくる。
「……バスト。お客様の勝利です」
しかし、相変わらずその表情は動かない。むすっともしないがにこりともしない。だがそれは、この卓に来ている客であれば誰しもがわかりきっていることだから咎めもしない。むしろこの後に、彼らが熱望する瞬間が来るのだ。
少なくはない量のチップが男の目の前に集められる。そしてある程度形を整えた後、そっと丁重な手つきで差し出される。
「——おめでとうございます、ウィリアム様」
客達が待っていたのはまさにこの瞬間だった。相も変わらず端的な首服の言葉とともに、それまで凍り付いているかのようだった彼の表情が柔らかに溶ける。
この表情が、客達が目当てにしていたものだった。下品な言葉を囁かれようが、客に最高のカードを配ろうが、全く表情を動かさず、極力ディーラーとして客と対峙している「氷の女王」が唯一自分に勝った者にだけ分け与える、控えめにして極上の褒美だった。
周囲の客の羨望の視線を受けながら、男はさらに笑みを深くする
「ありがとう。……やれ、少し返ってきたとはいえ、ここらで潮時のようだ。勝ち逃げになるようで申し訳ないが、今日はここまでにしておくよ」
「かしこまりました。是非またお越しください、ウィリアム様」
再び彼が仄かに笑う。二度も名前を呼んでくれるなど今までなかったことだ。
今日はついているかもしれないと、最初と比べるとずいぶん軽くなったチップを抱えながら、男はカジノを後にした。