迎えに来てくれるクラウドちゃん / レノクラ / 文庫ページメーカー
土砂降りだ。
天気予報なんて基本的に期待していなかったが、まさかここまで大いに外れるとは思わなかった。
「一日中いい天気じゃなかったのかよ……」
ぼそぼそと一人文句を言いながら、レノはほろ酔いの体を店先の壁に預ける。飲みに行くときは極力身軽にしていくのがモットーなもんだから、ハナから傘なんて持っていない。だが、轟音をたてて降り注ぐ雨はもはやシャワーもかくやという勢いだったし、店の屋根から流れ落ちていく雨水はもはや滝だ。視界だって数メートルもない。こんな中、傘も差さずに外にでるのは自殺行為も良いところだ。
「あーあ、めんどくせ」
飲み直す気分でもないし、しばらく雨宿りするか、なんてパーカーのポケットから煙草を取り出す。湿気た空気の中苦心して火をつけ口にくわえ、水煙の中ふぅと吐き出した。
「——一本くれ」
少しばかり不機嫌そうな声が雨音に混じって耳に届いたのは、止まないようならこのままつっきっちまうかあ、なんて考えていたちょうどその時だった。なんだこのやろう図々しい奴だな、なんて顔を上げたレノは、そのしかめっ面をすぐさま喜色に変える。
「クラウドじゃねえか。なんだよお前も降られちまったクチか」
ひょいと出された手に煙草の箱を差し出して軽く振る。外を走り回るくせして日焼けしていない彼は、その白い指で一本摘まむと口にくわえた。
「違う。傘持ってきた」
「ああ? じゃあ何で来たんだよ」
自分の煙草で火をつけてやると、クラウドは深く息を吸う。
「言っただろ。傘持ってきたって」
「……つまり?」
「迎えに来てやったんだよ、あんたを」
レノの顔に嗅ぎ慣れたにおいが吹き付けられた。
何をされたのか、目の前の男が何をしたのか思い至った瞬間に、レノの頭の中から酒精が一気に蒸発したのがわかった。思わず開いた口からぽろりと吸いかけが落ち、小さい川になりかけていた雨水の流れにさらわれていく。
「あ、ポイ捨て」
「今のは不可抗力だぞ、と! ったくこのやろう」
「ちょっと」
ぐいとクラウドの手を引っ張って、抗議の声も何もかまわずにレノは土砂降りの中を走り出す。防水機能なんてかけらもないスニーカーが途端に水を吸い、パーカーもみるみる色を変えていくが、そんなことはお構いなしだ。
「傘持ってきたって」
「そんなもんさしてたら早く帰れねえだろ!」
さっさと帰るぞと後ろに声をかけ、返事も待たずにずんずん走り出すと、雨音に半ばかき消された溜め息が聞こえた。
「着替え貸せ」
「ったりまえだ!」
一番いいの着せてやる。
そう叫んだら、今度は実に楽しげな笑い声が水に混じって流れていった。