[2018/08/07]バレクラ

げんじゅうおうと!:紅いのと黒いの / バレクラ / 文庫ページメーカー

 幻獣王は人間が好きだった。
 かつての昔は嫌いだったが、現在の人間は好きだった。道具として見ず、一つの存在として対等に接してくれたからかもしれない。強大な力を前にしても、ひるまずにいてくれたからかもしれない。どこともしれない場所に置き去りにしなかったからかもしれない。はたまた、その瞳の色が星の色だったからかもしれない。とにかくどんな理由であれ、今の幻獣王は人間が好きだった。体の中にその人間の魔力をとどめ込み、勝手に外に出てちょっかいをかける程度には。
 そして今日も、幻獣王バハムートは、その人間にちょっかいをかけようとしていた。魔力という縁を通じ、鍵として現し世の門を開くと、幽世から滑り出る。出た先は大きな見慣れない部屋の中で、外ではないことに少しがっかりした。彼は空を飛ぶことが好きだったからだ。
 気を取り直した彼は好きな物の臭いをたどりだした。毛足の長いカーペットをのしのし歩き、椅子に飛び乗ったり、テーブルから飛び降りたりして遊びながらたどり着いた先は、大きなふかふかのベッドだった。ばさばさとその上に飛び乗ると、そこには布団の中でじっと動かない人間がいた。
「ギャウ」
 びよんびよんとその身体の上をはねながら枕元に行ってみると、その人間はどうやら寝ているようだった。額には濡れた白い布がひっついていて、星の色をしている彼が大好きな瞳は瞼で隠れている。はて、人間はこんなに日が高いのに寝る生き物だっただろうか。上下する胸の上に乗り、その顔をじっとのぞき込む。
「ギュイギュイ」
 と、突然聞き慣れた声がして、もぞもぞと布団が動き出した。あわてて後ろに飛びすさると、そこには種と属を同じくする赤い奴がのじのじと這いだしてきていた。どうやら先に出てきていたらしい。しかもけしからんことに少しばかり魔力を頂戴していたと見える。あふぅと大きなあくびをした赤いのは、げふっと満足げなげっぷを一つ吐き出した。
「ギャウギャウ!!」
 彼は怒った。そもそも抜け駆けをするということは種の誇りに背く行為だ。一体何のつもりかと吼えると、赤い奴は心外だと言わんばかりに威嚇しだした。
「グゥーグゥー」
「ギャウウウウ」
 力を食っていないというその弁明も信じ難い。いい加減にしろと唸ると、それまで余裕ぶっていた赤い奴はさすがにかちんときたようだった。彼よりも少しだけ大きく、複雑なつくりをした身体を布団からすべて引き抜いてしまうと、眠る人間の顔の横で低く唸り出す。
「ギュウウウ」
「ギャルルルル」
 にらみ合いが弾けたのはそれから間もなくのことだった。飛びかかってきた赤いのをひらりと避けて、後ろからさらに追い打ちをかける。赤と黒の二色の団子になった二頭は、そのままごろごろと転げ落ちると、カーペットの上でまたギャウギャウと絡まり始めた。椅子の足にぶち当たったり、マットレスを引っ張ったりしてとにかく転げ回ったあと、赤いのの足にぐりぐりと踏みつけられ引きはがされてしまう。
「ギュウウ」
 向かい合った赤いのは完全に頭に血が上っているようだった。同属同種の上位個体に対して言いがかりをつけ喧嘩を売るとは言語道断である、などということを喚いた後、おもむろに二足で立ち上がった。
 魔力がその薄く開けられた口に溜められていく。それならば自分も容赦しないと、彼もまた口を開けた。身体に蓄えている魔力はいつもの顕現よりも少ないが、それでも相手を吹っ飛ばす程度なら事足りるだろう。
 魔力が——最早魔力の域を越しつつある威力の塊が暴れだす。
 だが炸裂するその寸前、彼も赤い奴も大きくて温かい何かに、むぎゅ、と口を掴まれた。

三度の飯が好き

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