[2018/07/23]リブクラ

クラウドちゃんのネクタイを結ぶ片想い中のリーブさん / リブクラ / 文庫ページメーカー

 重たく上質な、しかしそれでいて上品な色合いをした布をそっと片手で掬い取る。残った片方の手でもう一方の端も持つと、リーブはゆっくりと、できるだけわかりやすく、それを結んでいく。
 本当は後ろから手を回した方がやりやすいのだが、まさかそんなことをするわけにもいかない。それに、後ろに回ってしまったら、このじっと視線を伏せ、リーブの手を一生懸命に見つめているその様子が間近で見られなくなってしまう。……と、いうところまで考えて、なにをいったいばかなことをと胸中で笑い飛ばした。
「ちょっとだけ、顎上げてくれますか」
「うん」
 その言葉に従って、それまで下を向いていた彼の顔が僅かにあがり、ちょうどリーブの顔を仰ぎ見る角度になった。はたと目線がかち合ったが、やがてすぐにそれぞれが下を、リーブの手を見る。
 顎が少しだけ上がったことで、白い喉がリーブの眼前に晒される。女性のそれのように細くはないが、普段の彼からは想像もつかないほどに頼りない喉は、しゅる、しゅる、という衣擦れの音と、一瞬一瞬首に重なる布の色も相まってひどく背徳的に見えた。
 喉元をくすぐらないように気をつけつつ輪に通して、できるだけ苦しくないよう、しかし見栄えは良くなるようにと慎重に結んでやったら、それまでだらんと垂れていた布は、彼の胸元を美しく控えめに飾り、かつ引き締める最高の装飾に姿を変えた。
「はい、おしまいです。どうです?」
 わかりましたか、と問うと、普段よりも更に念入りに手入れをされた金髪が揺れる。
「わかった。……と思う」
「自信なさげですね」
「俺、こういうのあまりしなかったんだ。軍服のは着脱式だったから」
 ちゃんと覚えておかないとな、と、リーブがつい先ほどまで触っていたそのタイの結び目を、白い指が撫でていく。確かめるようなその指先に、なぜか喉の奥が熱くなった。
「そのうち覚えますよ、大丈夫」
「……もしほどけたらやってもらえると嬉しい」
「はは、わかりました。お任せください」
 そこまで言ったら、ようやく不安げに揺れていた金髪が止まり、僅かに角度を変えた。
 星の色がリーブを捉える。
 まるでそこにそうあるべきだったかのように形の良い眼窩に収まる命の色が、控え室の穏やかな灯りを万華鏡のごとく反射し、惜しみなくリーブの視界に広げた。
 再びリーブの喉が熱を持ち、次に言うべきと準備していた言葉がその熱に飲み込まれて蒸発した。なんて綺麗な色なんだろうか、こんな色を持った人間がいるのだろうか、この子の視界には一体世界はどんな風に映っているんだろう——
「——リーブ?」
「わっはっすみません」
 呆けていた思考を、クラウドの怪訝そうな声が引き戻す。彼の瞳には、先ほどまでのきらきらした色と一緒に、心配げなそれが滲んでいた。
「どうした?」
「あっ、いえ、その、……そう、そうですね、クラウドさん、もうちょっといじってもいいですか」
「まだいじるのか?」
「ええ、もう少しだけ。時間もありますし」
 焦った唇が勝手に訳の分からないことを紡ぎ出す。だが、クラウドは少し考えた後「しょうがないな」と言った。
「あんたが満足するまでやってくれ。遅刻しない程度にな」
「ではお言葉に甘えて」
 リーブの指がネクタイにかかる。
 しゅるりと解いたその瞬間、未知の感覚がざわりと心を撫で上げた。

三度の飯が好き

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