ヒグマとオオカミ:あがたさんのツイートから / リブクラ / 文庫ページメーカー
じゃらじゃらと鎖を鳴らしながら、首輪をつけられた狼はゆっくりとリーブに近づいてくる。硝子玉を嵌め込んだかのようなその両眼に、敵愾心や反抗心などが浮かんでいないことを確認すると、リーブはそっと彼に手を差し伸べてみた。一瞬だけ迷うようなそぶりを見せたが近づいて来てくれた彼の、柔らかく実りの色をたたえた金髪に優しく指を埋め、ゆっくりと撫でてやると、狼の青年は少しだけ目を細めた。
「気持ちいいですか?」
特に視線や唸り声などの反応はなかった。それどころか、もっと撫でろと言わんばかりに頭を擦り付けてくる。
もしやこの反応は、最初の頃に比べたらだいぶ懐いてくれているのでは——そう思ったリーブは、思い切ってもう少し強めに撫でてみた。普通の犬にしてやるように、耳の後ろや後頭部もわしわしと撫でてやると、青年は次第にリラックスして来たのか、リーブの膝に頭を預けて完全に横になってしまう。
正直言って、とてもびっくりした。ここまで無防備な姿は初めてだ。
「かわええ……」
口からついて出てしまった本心からの感想は、思いの外大きかったらしい。それまで気持ちよさそうに目を瞑っていた青年がぱちりと目を開け、リーブを見上げてきては、ふさふさとしっぽを振った。あの男は確か、言葉は解っていないらしいと言っていたから、きっとただ反応しただけなのだろうが、しかしそれにしてもこれは可愛い。見た目が耳と尻尾の付いている人間ゆえに敬語になってしまいはするものの、それでも今まで人間相手には感じたことのない愛らしさを感じる。
「よーしよしよしよし。引き取って正解でしたねえ」
「正解かどうかは俺が決めることだが」
「はは、手厳し——ぇ」
ただしそのほっこりとした穏やかな気分は突然終わった。
比喩でもなんでもなく呼吸が止まった。今の声は一体、ときょろきょろ周りを見渡すが、テレビはついていないしラジオはないし、人間もリーブ一人しかいない。では今の声は一体、もしやなんらかの霊的な存在ではと青ざめたところで、目絵の前の青年が突然体を起こした。
「ひぇっ」
驚いて尻餅をついたリーブの顔を、青年はじっと見つめてくる。え、なにこれもしかして猫ちゃんがよく虚空を眺めているそれで、自分の後ろにそういうものがいるのでは——などと後ろを振り向くが何もいない。
「おい。どこを見てる。俺だ」
今度は前から声が聞こえた。恐る恐る目線を戻すと、そこにはお化け、ではなく、少しばかり不機嫌そうな表情をした青年がいる。
その青年の口が開いた。
「俺だ」
口と声の動きからして、まず間違いなく今の声はこの彼だ。ようやく声の主に気がついたリーブは、「は」と間の抜けた声を出してしまった。
「しゃっ、……喋れたんですか」
「喋れた」
「じゃあどうして」
「一応、最初は喋れなかったんだ。しばらくして思い出したんだが、もう会話するのが面倒だった。それを勝手に周りの奴らが勘違いしただけだ。そっちの方が楽だし、逃げるのに都合が良かったしな」
——それに、誰があんな汚い豚と喋るか。
横合いに吐き捨てられた一言は彼の本心のようだった。だが、青年はすぐにリーブの方を向くと、またまっすぐ青い瞳で射抜いてくる。
「あんたは豚とは違う。優しい匂いがする。だから話してもいいと思った」