エタバン後 黄金だーーー!!!
「オレしばらく出かけるわ」
「ホ?」
突然の話に間抜けな声が出た。人がパスタを口いっぱいに頬張っているときにそんな大事な話をしないでほしいと目で訴えたら、当の本人は「悪い」と言って頭を掻く。
「どのくらい?」
「わかんね」
「場所は?」
「トラル大陸」
それまた随分遠方だ。キーンのことだからどうせ頼まれ事だろうが、一体どうしてそうなったのか全く想像がつかないのがまた面白い。
「じゃあしばらく寂しくなるね」
「あんま寂しそうじゃねえな」
不服そうな金色がジョッキの向こう側で輝いている。もしかして引き留めてほしかったのだろうかと次の一巻きを口に入れ咀嚼し、そして飲み下したあと、フォークを置いた。
「ちゃんと寂しいけど?」
「ちゃんとってなんだ、ちゃんとって。その副詞おかしいだろ」
唇がとんがっている。どうやらあまり信じてもらえていないらしい。そんなに日頃の行いは悪くないはずなんだけどな、と傍らのジョッキを取る。
寂しいのは本当だ。だがどれだけ感情を込めて言ったとて優しい彼は断らないということはよく知っている。だから言うだけ意味が無いし、何よりつられて余計寂しくなるから、このくらいが丁度良いのだ。
「ま、無事にかえっといでよ。タイニーちゃんの面倒見て暮れる人がいないのは不便だし」
「それだけかよ」
「たまにはキンちゃんのちんちんも食べたい」
目の前の不機嫌そうだった美丈夫が爆発した。いつまで経っても一向に穏やかにならない反応にこみ上げる笑いをジョッキで隠し、キレのいいエールののどごしを堪能する。
こういった穏やかな時間もしばらくはお預けだろう。そう考えたら途端に「もったいない」という気持ちがこみ上げてくる。他の人間にはあまり感じたことのない気持ちは新鮮だが、なかなか持て余し気味なのが玉に瑕だ。
「……っま、度々時間見つけて帰ってくっから」
すると、ようやく顔面を整え終えたキーンが、口元をナプキンで拭きながら伺うようにこちらを見てきた。
「そんな無理しなくていいよ」
「オレが帰りてえんだよ」
「ふーん優しいじゃん」
「ちげえし」
また唇がとんがってしまった。はいはいごめんごめんとその唇を摘まもうとしたら首が縮んで避けられる。まるで撫でる手から逃げる犬か何かのようで、今度はついつい笑ってしまった――その瞬間、ぺぽん、と間の抜けた音がテーブルの隅から鳴った。
「んへえ……」
思いっきり気分が落ち込んだ。この時間に来るのはろくなお知らせではない。確かに四六時中震え続けてそろそろバッテリーの整備を頼む程度にまで来ているが、食事中や睡眠中という否が応でも手が離れる時間帯に来るものはとびきり悪いものと決まっている。
見なくても良いんじゃね、と月のような両目が言っていたがそうはいかない。渋々トームストーンを取り上げるとその画面を見、ついついと更に詳細を見ていき、最後まで読んだところで「あらま」と声が出た。
「あ? んだよなんかあったか」
できればオレの方に何も来ないでほしいという色を全く隠さずにキーンが覗き込んでくる。その若干情けない顔に、くるりと画面を返して見せた。
「…………おん?」
金色の月がまん丸になる。
ああやっぱり綺麗だななんて呑気なことを考えつつ、こちらに戻した画面には、先程キーンの口から聞いた大陸の名前と「出張」という単語が並んでいたのだった。