かりょうびんがちゃんとキンちゃんの特に中身のない昼寝のはなし
ちゃちゃちゃちゃちゃ、と音がする。
ほんの少しおはじきが入った袋を床へ落としたときのような音が、忙しなくこちらへ近づいてくる。キーンはリズミカルなその音に気付かないふりをしながら、視線だけを部屋の入り口、うっすら開けてやっている扉に向けた。
――ちゃっちゃっちゃっちゃちゃっ。ちゃちゃっ。ちゃっ。
音は扉の隙間から姿を見せる直前で止まった。一体何をしているのか、扉のすぐ手前で小刻みに繰り返されている。それでもしばらく待っていたら、ようやく一歩踏み出す気になったらしい。
「ぴ」
アラグの機械が時折出すような電子音にも似た声とともに、その音の主がぴょこんと顔を出す。
新緑を思わせる緑色の羽根が生えた頭に、鳥類のまんまるの目。キーンお手製のエプロンをつけた胴体は人のそれで、両手両脚は緋色の鳥。背中にちょこんと見えているのは、まだまだ小さい黒と赤の翼がもう一対。
なんとも不思議な形をした生き物は、どことなく幼い成人男性の顔で、もう一回だけ「ぺ」と鳴いた。
「んーなんだ? こっちくるか?」
どうもかくれんぼをしているわけではないようだ。知らんぷりを止めて声をかけてみたら、再び「ぴ」と鳴いて、またちゃっちゃっちゃっちゃっと爪音を立ててどこかに行ってしまった。考えていることがまだ完璧に解るとは言いがたいが、それでも一人遊びをしているらしいということと、キーンを呼んでいるわけではないということだけはわかったので、そのまま放っておく。
(前についてったら怒られたしな)
つい一昨日は呼んでいるのかとおもってついて行ってみたら、なぜかその先で振り向いた彼にものすごく威嚇されてしまった。
基準がいまいち解らないが、普通のペットの小鳥もそういう理不尽なことがあると聞くし、鳥の気質としてはそういうものは珍しくないのだろう。鳥と言ってしまっていいものであるかは甚だ疑問ではあるが。
――ちゃちゃちゃちゃちゃ。
また聞こえてきた。今度はさっきよりも速いペースで、扉の前にやってきた。そしてまたこちらの様子をうかがうように、ぴょこ、と小さな頭が出てくる。
「どした?」
「ぺ!」
何を訴えたいのかはちょっとわからないが上機嫌のようだ。またどこかに行くのだろうかと見守っていたところ、彼は予想に反してこちらに近づいてきた。
「ちゅ!」
そして、キーンの前で二回跳ねてみせる。これは最近わかってきたおねだりで、膝に載せろという意味だ。
「はいよ」
組んでいた膝を解いて本を脇に置く。身体の割にはまだまだ小ぶりな翼をばさばさと振り回し、二度三度と勢いをつけ、ぴょーん、と飛び上がった身体を受け止めると、ご機嫌な「ちゅん!」が聞こえてきた。
「すごく跳べたなー! もうちょっとで空飛べるんじゃねえか」
「んちゅちゅ! ちゅっ!」
そうでしょうと言わんばかりに返事をしながらじたじたと足を振り回す彼を、ゆっくり膝の上に乗せてやる。何度かふみふみとキーンの膝の感触を確かめていた彼は、やがていい具合の場所を見つけたのか、ゆっくりと足を折ってちょこんと座ってくれた。今日はこのままここでくつろぐつもりのようだ。
「んちゅふふ」
笑っているような声を上げながら、目を細めてぺそんと前に寝そべる。
引き取ってから随分重たくなった。背中に生えているもう一対の翼の付け根を撫でてやりながら、ついつい感慨に耽ってしまう。このまますくすく育ってくれれば何より嬉しい。
「ペットなんてガラじゃねえと思ったのになあ……」
人生何があるかわからないものだ。あの日即決で家に迎えてから、自分の生活はこの小さな緑と朱の鳥を中心に廻るようになってしまった。勿論生き物と一緒に生活すると決めた以上、責任を持って最後まで面倒を見る予定ではあるが、まさかこんなにも穏やかなものになるとは予想もしていなかったのだ。
ぴぷー、ぴぷーという寝息を立て始めたふわふわとつるつるの塊を撫でてやりながら、キーンもまたソファーに背中を預ける。どうせ予定のないオフの日だ、このまま一緒に昼寝をしたって誰も怒りやしないだろう。
おやすみと小さく呟いて、読書で疲れた瞼を閉じる。
膝の上のぬくもりが「ぴゅ」と答えた気がしたが、確かめる前に意識が微睡みの底に引き込まれていった。