まもるもの

帝国if こーはくさんのツイートを掘り返してングッとなったので 
これのつづき

「今日ばかりは延期していただくことはできませんか」
 いつもの場所、いつもの仕事、いつもの相手に言われた突然のイレギュラーに、スウィフトは書類を仕舞う手を止めた。
「……何故です? 昨日の時点では体調に変わりはないと聞きましたが、急変でも」
「いえ違います。健康状態は変わっておりません」
「では何故」
 毎月恒例の、上の足掻きによる「特殊治療」の日だった。これは今まで断られたためしがない。断る理由がないからだ。だが、治療施設の管理者は、ただ言いづらそうに続けた。
「……面会が、ありまして」
「面会? 誰にです? ……まさか隻眼に?」
 管理者は頷いた。ゼーヴォルフの巨躯はただ申し訳なさそうに、しかし懇願するような視線を向けてくる。
「顔見知りだと。古くからの。随分手を尽くして探し出したようで、先月から週に三、四度の頻度でいらしてます」
「それは随分と……」
 スウィフトは眉を寄せる。家族でもそこまでの頻度で見舞いに来る者はまれだ。さらに隻眼の身柄は帝国の残党に掴まれないよう、それなりに周到に隠してきた。それを見つけ出す能力も驚くべきものだが、さらに気になるのはこの管理者の態度である。
「——できればそっとしておいてもらえませんか」
 この者はよく言えば忠実、悪く言えば権威主義的だ。ゆえに、同盟軍があらかじめ定めて通知した隻眼の取り扱いにはいかなる理由があろうとも従順に従ってくれていた。正直、こちらの要望に否定を突きつけてきたことがない。それがこうだ。先月からと言っていたから、つまり彼はこの一ヶ月であっさりと変わってしまっている。
 言いようのない気味の悪さを感じながらも、スウィフトは口を開く。
「そうしたいのは山々ですがこちらにも」
 だが、それは最後まで続くことはなかった。隻眼のいる場所とおぼしきあたりから騒々しい音が聞こえてきたからだ。
「! 失礼!」
 その場の誰よりも早く事務室を飛び出す。
 胸騒ぎがした。部下はもう先行している。既に隻眼を移送しようと向かっているはずだ。
 奥に続く廊下を曲がった先、いつも隻眼がいる部屋の前に情けなく転がる部下とこちらへ慌てて駆け寄ってくる部下を見て、スウィフトは胸騒ぎがどんどん大きくなっていくのを感じた。
「何があった」
「大闘佐どの、それが、突然殴りかかられて」
 不穏な気持ちを抱えながら、スウィフトは部屋へ踏み込む。
 ——そこにいたのは狼だった。否、狼と見紛う殺気を剥き出しにした、黒い影がそこにいた。隻眼を庇うように立ち、爛々と光る金色の目でこちらを見据えている。尖った耳、そしてすらりとした長身はエレゼン族の特徴だが、良く晴れた夜空にも近い肌や髪は、普段スウィフトが悪態をついているフォレスターとは明らかに異なっていた。
「……貴殿が隻眼の客か」
「こいつに、触るな」
 絞り出された声は唸り声にも似ている。地を這うような静かな威圧に、遠ざかって久しい戦場の記憶がうっすらと蘇る。
「触らない。ただ聞かせてほしい」
「同盟軍に話すことはない。消えろ」
「貴殿、帝国の白い狼か」
 琥珀色の目が細められる。スウィフトに向けられる殺意に、僅かに警戒心が混じったのが見て取れた。
 スウィフトにとって、戦中何度も耳にした二つ名だ。後ろに下がった部下の一人もそうだったのだろう、「まさか」と小さく呟くのが聞こえた。
 黒影の民の出でありながら帝国の雪に紛れて的確に部隊の生命線を断ってゆく、静かなる狼。属州出身の情報将校という話以上の事実は得られておらず、ただそれぞれの戦闘の結果から「おそらく彼がやったものだろう」という推測のみが残るだけの不確定要素。それがまさか生き延びていて、さらに隻眼と知り合いだったとは。だが、それなら先程の管理者の態度も頷ける。
 否定も肯定もなかったが、スウィフトはそれを肯定と判断した。
「貴殿と彼は知り合いだったのか」
「…………」
「そうか、せっかくの時間を邪魔してすまなかった。今日のところは帰らせてもらう」
「しかし——」
「良い。上への説明は私がしよう。引き上げるぞ」
 只管に向けられる殺気に背を向け、廊下に転がる部下に肩を貸す。おろおろと追いついてきた管理者には「また後日」と伝え、外に停めていたキャリッジに乗り込んで、ようやくため込んでいた空気を外に吐き出す。
「出せ。今日はナシだ」
 チョコボの鳴き声とともにキャリッジが揺れる。振動に身を任せながら上への言い訳を考えていたら、部下が「大闘佐どの」と声をかけてきた。
「あれが例の狼なら、情報将校でしょう」
「こちらに来ている話だけで判断するならな」
「それなら、控えの隊員も呼べば抑えることができたのでは?」
 言わんとしていることはよく解った。勿論その通りだろう。だが、それは相手が常識の範疇の場合だ。
 スウィフトは制帽を持ち上げると髪を整え、今更滲んできた汗をぬぐう。
「……貴殿は紙面上のあれしか見たことがないから言えるのだ。あれはやろうと思えば辺り一帯ごと消し飛ばしかねん奴だぞ」
「はあ……」
「実際手も足も出なかったろう」
 隊員は何も言わなかった。反論は無いようだ。
 スウィフトはちらりと施設を見やる。遠ざかりつつある建物の窓のうち、心当たりがあるものへと目を遣ると、そこには力なく丸まった背中と、その前に屈み込み穏やかな笑顔を向けるシェーダーの姿がうっすらと見えた。
 何もかも停滞していたのは間違いない。だが、これが一体どう転がるかも、今のスウィフトには見当もつかない。
 にわかに勢いの増した風を頬に受けながら、スウィフトは思いも寄らない遭遇をどう説明するか頭を捻るのだった。

三度の飯が好き

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