アディクト

レノクラ / pixiv

 何とか瓦礫の中から這い出して手頃な壁に背中を預け、懐を探って一本取り出せたところで、ライターが行方不明になっていることに気づいた。いつも入れているポケットにも他のポケットにも見あたらず、せっかくの一本を口に咥えたままため息混じりに上を向く。
「ま、他のモン無くさなかっただけマシかね……」
 腕も脚も目玉もあるし、奇跡的に骨も折れていない。それでコイツが吸えれば最高なんだがな、と肩を落としたその瞬間、ぬっ、と待ち望んだ火が出てきた。
「おっ、サンキュ」
 ありがたくいただいて胸一杯に煙を吸い込み吐き出してから、レノはようやくその炎がライターではないこと、傷だらけの指の先に灯っていること——そしてその指の主がものすごく不機嫌な顔で隣に座っていることに気がついた。
 レノと同じく瓦礫に埋もれていたのだろう、いつもならきらきらと光を反射しているはずの金髪は曇ってしまっているし、頬にも服にも埃がくっついている。青い瞳は半目だし、端正な顔は明らかな仏頂面だ。だが、信じていたとおり大きな怪我はなさそうだった。
「おー、無事だったか」
「あんたの目は節穴か何かか。全身痛い」
 ふっと火が消え上向きにされた手のひらに、レノはもう一本煙草を出して乗せてやる。自分から進んで吸うような奴ではないから、よほどイライラしているのだろう。
 手のひらの主は——機嫌の良さなどかけらも見えないクラウドは、レノから受け取った煙草を口に咥えると、「ん」と突き出してきた。反射で自分の火をそのまま分けてやったが、昇る紫煙が二本になったところであれ、と気づく。
「火、自分でつけねえのか」
「打ち止め」
 相手の言葉は至ってシンプルだった。
「さっきので全力」
「ずいぶん可愛い全力だったぞと」
「うるさい」
 はあ、と溜息なのかそうでないのか判断が付かない呼気と共に、有害な煙がゆらゆらと、粉塵の舞う室内に立ち上る。
「二つ一緒に使うもんじゃないな」
「なにを?」
「魔法。頭の血管切れるかと思った。おかげでグローブは吹っ飛ぶし、頭痛いし、手も痛いし、最悪」
 ああ、とレノは先ほどのごちゃごちゃと大いに混乱した一瞬を思い出す。
 ——男の身体に巻かれた爆薬が炸裂した瞬間、レノを巻き込むはずだった爆炎や肉片、そのほかもろもろの細かい破片の嵐が、眼前で無理やり何かに軌道を曲げられていったのを、レノの目は捉えていた。そしてほぼ同時に、淡く透き通った虹色の巨大な華が、レノを守るように咲いたのも見ていた。
 「魔法は一度に一つまで」というのは、軍に入ってマテリア学を履修するときに、最初に教えられる大原則だ。処理が得意な奴なら一度に複数使うことも不可能ではないが、その分魔力で補えない反動がくる。そして、性質が遠い魔法であればあるほど、その反動は大きくなる。おそらくレノを守ったうちの前者は重力魔法、そして後者は障壁なのだろうが、ここまで共通要素のない、かけ離れた性質の魔法を同時に使うとなれば、相当の揺り戻しがあったに違いない。
 現に、煙草をつまんでいるクラウドの指からはぽたぽたと血が滴っているし、僅かに震えてさえもいた。打ち止めと言っていたのも、きっとそれが影響してのことだろう。
 それでも火をつけてくれたあたり、性根の優しさは隠し切れてないな——なんて、思ってしまったらもうだめだった。こんな場所で、お互い満身創痍だというのに、笑いがこみ上げてきてしまう。
「……ふっひ」
「なに。気持ち悪い」
「なんでもねえぞと。……ひっ、ひひ」
「だから何だよ、気持ち悪いな。……あー、もう、頭痛い。全部あんたのせいだからな」
「わぁってるよ。ホテル代は全部オレ持ちな、と」
「……」
 瞬間、クラウドがぴたっと黙り込んだ。なんだよと軋む首を回して相手の顔を見ると、なにやら煙草を咥えたまま考え込んでいる。痛いとか気持ち悪いとか、そういったマイナスの感情は感じ取れないから、純粋に何かを考えているらしい、というところまでは解ったが、肝心の内容までは読みとれなかった。
「どうしたよ」
「……ここから一番近いのってさ」
 言わんとしていることをすぐに察し、レノはその問いに答える。
「いつものモーテルだぞ、と。西ブロックの」
「あー……」
「何だよ、嫌かあそこ」
「今日は嫌」
 確かに安かろう悪かろうを体現しているところではあるが、一応壁は厚いし洗面所もある。顔見知りも少ない。そして何より、ベッドがある。することをするにはそれで十分だとレノは思っているのだが、クラウドはどうも、今日はあそこの気分ではないらしい。一言で断じられた言葉は簡潔かつシンプルだった。
「煙草臭い」
「オレのパクっといてそりゃねえだろうよ」
「あんたのは良いんだよ、別に」
 ——なんだそりゃ、意味解らん。
 だが、次の瞬間続けられた言葉に、レノは思わず頭を抱えることになった。
「今日はあんたの臭いだけ嗅ぎたい」
「……たまに思うんだが、オマエどこでそんな殺し文句覚えてくるんだよ、と。お兄さん怒らないから言ってみなさい」
「は?」
 きょとん、というまさにその音が似合う間の抜けた表情は、自分がいったいなにを言っているのか、さっぱり解っていない様子だった。こいつはこう言うところが本当にたちが悪い。十数年止められないこの煙草以上に、染み込んで絡みついて離さない中毒性がある。
 レノはフィルターだけになった吸い殻を、すぐ脇の巨大なコンクリートの欠片に押しつけ消すと、がしがしと頭を掻いた。
「あー、もう、解ったぞ、と。ウチ来い、ウチ。明日どうせ休みなんだし、ガンガン抱いてやる」
「頭痛いって人の話聞いてたか」
「モーテルの話に乗ってきたのはオマエだろうが」
「それはそうだけど」
「なら文句ねえだろ」
 強引に話を終わらせると、レノはもう一本出そうと懐に手を伸ばす。だが、ひしゃげた箱を出す前に手を止めると、隣で同じく吸い殻の火を消し、軍属時代の癖なのかフィルターを細かく千切っているクラウドの肩に手を置いた。
 ん、と少し疲れた顔がレノを捉え、そして軽く笑って目が閉じられた。二人の陰が重なり、吐息が交わされ、ややあってから離れる。
「……苦い」
「後でとびきり甘いのしてやるぞ、と」
「期待してるよ」
 ふふ、とようやく溶けた表情だったが、すぐにまた仏頂面に戻ると、レノから離れてごとんと壁にひっついた。
「……あー、頭痛い」
「煙草吸うからだろ。禁煙したほうがいいぞ、と」
 我ながらもっともだと思った意見は、何故かすっ飛んできたやさしめの裏拳に封殺されることになった。

三度の飯が好き

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