ふとんだんご

これの続き お家着いてからへたっちゃったやつ 
※こーはくさんのツイート成分が含まれております いつもありがとうございます

「申し訳ないけどご飯はお任せしていい?」
 普段だったら即座に体調を聞いているところだが、今日ばかりはキンバリーも深く聞かなかった。シチューで良いんだよなと確認し、荷物のついでに上着も引き取ると、再度謝って手洗い場に向かう背中を見送る。
 同盟軍と予期せぬ遭遇をした帰り道、店による中でだんだんといつもの彼に戻ってはいたものの、それでも小さい背中から漂ってくる憔悴は隠しきれていない。手洗い場から出てきた足音は予想通り、そのまま自分の部屋に向かっていった。そしてすぐさま別の足音が鼓膜を震わせる。
「おかえりー! ……あれ? ヒラキさんは?」
 帰ってきた気配を察知したのか、少し遅れて満面の笑みで出てきたエトワールだったが、一人足りないことにすぐ気がついたらしい。
「疲れたって部屋行った。メシはオレがやる」
「なんかあった?」
 そしてキンバリーの顔にいつもと違う空気が混じっていることも察したようだった。声を抑えてそそそと近寄ってくる。
「ファンがついてきててな」
「……それ絶対いい意味じゃないよね? またあのスウィフト?」
「あいつは関係ねえよ、別口だ。明日オレがなんとかするから——」
「家にいればいいのね、わかった」
 不滅隊の大闘佐に対する風当たりはさておき最適解をすぐに口にする妹に頷くと、買ってきた食料をあるべきところに仕舞っていく。いつも別の人間がつけているエプロンを手早く身につけると、宣言通り食事の用意に取りかかった。
 我ながら手際は良くなったと思う。ここに引っ越してきてから、家族の食事や療養食を作る機会が多かったからだろう。近海で採れたというマスをせっせと捌き、妹が用意してくれていた鍋に放り込む。だが、付け合わせにパンにサラダにと用意し、台所がすっかり良い匂いに包まれても、部屋の方からは音がしない。
「ちょっと見てくる」
「はーい」
 手を洗ってエプロンを脱ぐと、彼がいるであろう部屋へ向かう。扉の外で中をうかがった限りでは静かなもので、もしかしたら寝ているのかもしれない。
「入るぞ」
 返事はなかったが拒絶もない。
 キンバリーは静かに扉を押し開けて部屋に入る。だんだんと埋まってきた本棚、雑にコート掛けに引っかけられている上着に読みかけの本が置かれた机など、徐々に賑やかになりつつある部屋の片隅に、存在感のある布の塊があった。
「メシできたぞ」
「……んん」
 返事があったが出てくる気配はない。起きたばかりともまた違う。
 キンバリーは静かに近づくと、ぽん、と布団の塊に優しく手を置く。そのままベッドの上に乗り壁を背にして座ると、布の団子ごと抱え込んで身体の上に乗せた。
 団子の口からは緑の頭が見えるが、顔は解らない。だが無理に覗き込むようなことはしなかった。
「大丈夫か」
「…………わかんない」
 布越しに小さな声が聞こえた。
「こわかった」
「ん」
「また、……また連れて行かれるんじゃないかとおもって」
「させねえよ、安心しろ。話つけてくるから」
 布の塊はもぞもぞと動くものの、それでも顔は見えない。
「……話、しにいくの」
「ああ。向こうにもそう言ったしな」
「……」
「んだよ」
「……あぶないよ、お家いよう」
 なにかされる、と布の塊は言った。抱えた温もりは小さく震えている。それを落ち着かせるように撫でながら、キンバリーは答えた。
「大丈夫だ」
「でも何かされたら」
「されねえし、させねえよ」
「キンちゃん」
 声が少しだけ大きくなった。再び頭が動き、それまで見えなかった隻眼が現れ出る。こちらを見上げる深い緑はただ不安そうに揺れていた。彼が同盟軍にされたことを考えれば、不安がるのも無理はない。キンバリー達にとっては数年前のことであっても、彼にとってはつい最近のことなのだ。
「危ないよ」
「スウィフトの野郎にも話してから行く。だから大丈夫だ。エトワールにも言っといた」
「エトワールちゃん、……」
 妹の名を呟いた途端、緑の目が伏せられる。何を考えているのかは手に取るように解った。
「——あのな、この家守んなきゃとか思わなくて良いからな」
 だから、キンバリーは先に言うことにした。
「オレとテメェと妹で居られるならどこだって良いんだ」
「…………、うん」
 蚊の鳴くような声に頷くと、キンバリーは力の抜けた身体を更に強く抱え込む。
 お腹を空かしたエトワールがトレイに三人分の食事を載せて持ってくるまで、キンバリーはずっと小柄な身体を抱きしめていた。

三度の飯が好き

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