手紙

元帝国将校と、元帝国将校が引き取った召喚士の話
宛名のない手紙

 拝啓、よく笑いすぎて噎せていた将校殿へ。
 届くかどうか解らない手紙をこうやって書いてるのもだいぶん滑稽だけど、何か残せる人がほかにいないから許してほしい。何か書いていないと落ち着かないから、しばらくわがままに付き合ってくれると、すごく嬉しい。
 同盟軍は人道的と聞いたけど、あれはたぶん表向きの話だとおもう。中身はやっぱり人間の集まりだった。こうして生かされて、昼間はいい人の顔をして話しかけてくるし、ご飯も水も、紙とペンだってもらえたけど、ちょっとしたお話は止めてくれないし見て見ぬふりだ。お話がマシになるのは「暁」とかいうのが見に来ているときだけ。ただ、彼らの気持ちを考えるとしょうがないことだとは思う。何より俺もみんなのためにたくさん殺したから。
 でも、これ以上はむりだな、ってなっちゃった。俺はあんたみたいに強くないから、たぶんもうがまんできない。我慢できないから、守れなくなる前に、守れるようにする。
 色々返せなくてごめん。借りたライターそのまんまにしてきちゃった。次は俺が奢る番だったのに、すっぽかしてごめん。途中から数えられなくて解らなくなっちゃったけど、三百回分ぐらいはすっぽかしてるとおもう。あのいつもの店まだあるかな? まだあったら、店長にも通えなくなってごめんねって伝えてもらえるとたすかる。裏メニューもう一回食べたかった。階級俺よりも上の人なのに、こんなことばっかり頼んで本当にごめんね。
 これが届くかどうかわからない。届いたところでどうなるかわからない。ただ、すごく無責任なことをしてるのはわかる。でも言っておきたかったんだ。なんでだろうね、あんただからかな? ごめんね。
 金曜日に君と飲むお酒はとてもおいしかったです。妹さんと自分を大事にね。

 ***

 緑頭より、とその手紙にもなっているかどうか怪しい手紙はそこで締め括られていた。
「……くそったれがよ」
 吐き出した悪態は自分に向けられたものか、それとも手紙の差出人に向けられたものか、自分にはよくわからなかった。もっとも後者であったところで、肝心の差出人には届かなかっただろう——窓際で、ただ安楽椅子に座り、自ら揺らすわけでもなくぼんやりと前を見つめる相手には。
 手を尽くして探し出した彼は、仲間や部下の情報を引き出されたくないが為に、自分の魂を自分で焼いて抜け殻同然になっていた。そんな彼がせめて穏やかに暮らせるようにと金を貯めて家を買い、彼の身柄を施設から引き取っておおよそ一ヶ月後。施設の管理人からかつての独房で見つかったと送られてきたのは、一通の汚い手紙だった。
 きっと彼から誰かにあてたものです、元帝国の方であればもしかしたらと思いまして、身勝手なお願いではありますが探していただけませんか——そう丁寧な依頼までつけられていた。世話になった相手だし、何より彼の手紙ならと引き受け、誰に宛てられたものなのか当たりをつけるために、聞こえてはいないだろうが一応断って中身を読んだ。まさかそれが自分に宛てられたものだとは思わなかったのだ。
「なにがごめんだよ、そりゃこっちのセリフだよ」
 遅かった。何もかもが遅すぎた。もう少し早ければ、こんな染みだらけの、名前もわからない相手に宛てた手紙なんて書かせずに済んだのだ。
(……名前)
 そうだ、と相変わらず表情のない横顔に目をやった。自分は彼の名前を知ることができたのに、ついぞ自分の名前は教えてやれないままだった。
 ちゃんと教えてやりたい。これは自分のエゴかもしれないし、相手が選んだ結末をねじ曲げることになるかもしれないけれど、もし機会があるならちゃんと名前を教えてあげたい。できることなら、その口で名前を呼んでもらいたい。叶うかどうかはわからないけれど。
 目元を乱暴に拭う。そろそろ妹が戻ってくる頃だ。ちゃんとしていないと、目敏い妹のことだから真っ先に勘づかれてしまう。情けない顔をしていないかどうか確認し、持っていた手紙を机の中にしまい込むと、開け放していた窓を閉める。するとちょうどそのタイミングで、玄関先から「ただいま」という明るい声が聞こえてきた。
「お野菜とお肉買えたよ!」
「おー、今行く」
 途端に騒がしくなる居間に声を返し、依然として虚空を見ている男の頬を撫でる。そして軍の頃と比べるといくらか肉が落ちた身体を抱え上げ、車椅子の上に座らせてやった。
「メシ作ろうな。今日は何がいい? 確かクリーム系好きだったよな」
 ゆっくりと押しながら彼の部屋を出る。
 ただやわらかい夕日が射し込む部屋を——かつて彼がいたであろう独房とは真逆の空間を一瞬見遣り、静かに扉を閉めた。

三度の飯が好き

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