自機+よそのこ+よそのこ
(シルヴァおじい+ココちゃん)
ウルダハの日差しは熱い。
夜はあれだけ涼しいのに、昼間、特に晴れている日の日差しは皮膚を焼く。リムサのように湿り気を含んでいるわけでも、グリダニアのようにほどよい木陰があるわけでもなく、遮るものが何もない状態で降り注ぐ日差しは容赦なく首筋を照りつけてくる。グリダニアの「暑さ」とはまた違う、まさに「熱さ」だった。
「だから昼間外に出るときは着といた方が涼しいんだよ」
薄手の長袖と軍手、さらに帽子と首元を覆うタオルという完全装備の出で立ちの家主は、畑の雑草をぶちぶちと引き抜きながら言った。
「夏になったらもっと日差しが強くなるから、ここに住むならこういう薄手の服用意しといた方がいいぞ。あとでいい店教えるよ」
「なんかそう言われるとすげー高そうな店っぽいんすけど」
チョコボ厩舎に藁を敷きながら、心に浮かんだ感想をそのまま呟いたところ、「そんなんじゃない」という笑い声が聞こえてくる。
「ふつうの店だよ、ふつうの。高い店なんて自分で行ったことない」
「ほんとっすか?」
「ほんとだって。俺はココちゃんには嘘つかないからな」
本当かどうかわからないことを言いながら、家主はよっこいしょと立ち上がった。そして、丸めていた腰を「いたたた」と伸ばすと、思いっきり肩を回す。
「こっち終わった。そっちやる」
「こっちも終わったっすよ」
「手際いいなあ! じゃあこいつら中に入れようか」
出てきていいぞという言葉に従って、汗を拭きながら厩舎から出る。振り返った先で目に入ったのは、嘴をかりかりされてご機嫌なチョコボと、飼い主の頭を執拗に突っつき回していた小柄なチョコボだ。ココに差し出されたのはご機嫌なチョコボの手綱だった。
「ココちゃんはこっち」
「うっす」
「軽く引っ張れば勝手に入るから」
言われるがままにチョコボを誘導して厩舎に入れる。最後に野菜を餌箱に入れて、お願いされた手伝いはおしまいだ。
「ご苦労さん。ありがとうな」
「いつもロロ姉が世話になってるんで。それに体動かすのは好き」
「いい子だねえ。お礼と言っちゃなんだがお茶でも飲んでってくれ」
手招きに素直に従い、服や尻尾についたゴミを払って家の中に入る。
何度か入ったことはあるが、家主本人の性格や普段の言動とは裏腹に、ぬいぐるみやらプラモデルやらが多く置いてある室内は、いつ来てもどことなくほっとする空間だと思う。
適当に座っといてと言われたので、近くのソファーに腰掛けて待つことしばらく、家主が地下からポットとコップ、そしてお菓子を持ってきてくれた。透明なポットの中は半分ほど氷で埋められており、紅茶らしい琥珀色の液体で満たされて、揺れる度に涼しげな音を立てている。浮かんでいるのはハニーレモンだろうか。
「氷作っといて良かった」
はいどうぞ、と注いで渡してくれたグラスを受け取ると、ガラス越しにひんやりとした心地よい刺激がガラス越しに伝わってくる。外の労働で火照った体にはとてもうれしい感覚だ。
遠慮なく口を付けて爽やかな香りを流し込み、一息ついたところで、ココはずっと気になっていたことを口にした。
「あの」
「うん?」
「兄貴って誰かと住んでるんすか」
そのとたん、んっ、と目の前に座る人間の喉から妙な音がでた。咽せる寸前で飲み下したのか、意外にもすぐに口が開く。
「ちょっとびっくりした」
「すんません」
ただずっと気になってはいたのだ、独り身と聞いているはずなのにチョコボ厩舎には二人分のチョコボがいたし、部屋にも二人分の家具が置いてある。さらに少し前、姉が借りた本を返しに来た時、この目の前で紅茶を飲んでいる家主とは全く別の知らない人物がココを出迎えた。おそらくハイランダーだろう、何も着ていなかった上半身の筋肉がやけにたくましかったことを覚えている。
そう伝えたところ、目の前の緑の瞳はやけに渋い色を浮かべ、やがて手で覆われる。
「あの格好のに会ってたか……」
「?」
「いや、うん、そいつで合ってる。同居人。格好はアレだけど急に取って食ったりはしない良いおっさんだよ」
「服着ないタイプの?」
「あー……はい、そうですね、着てない。今度言っとく」
ありゃ目に毒だからな、と言いつつ、元に戻った家主はクッキーをつまみ上げた。そのままひょいと口に放り込む。自分もと一つもらってみたが、少し甘めの味が紅茶によく合った。
固めに焼き上げられたそれをサクサクと食べながら、ココはさらに気になっていたことをを口に出す。
「どこで会ったんすか?」
「気になる?」
「そりゃまあ、兄貴って一人で自由気ままに住んでるイメージがあったから」
「褒められてんのそれ?」
「貶してはないっすよ」
ただ気になるのも確かだ。飄々としているというより、どちらかというと他の人間とは一線引いた向こう側で見ているような空気を感じる彼が、家族でもない誰かと家をシェアしているというのは、ココにとっては不思議だった。
「ンー……」
彼は口元に手をやる。目を伏せてどこまで話そうか考えている様子だったが、やがてちらりとココを見ると、にい、と口元に弧を浮かべた。この顔、ココは何度か見たことがあるが、見るたびにどうしてもどこかの売店で見かけた狐のお面が頭に浮かんでしまう。
狐は——彼は口元に手をやったまま、いっそう揶揄うような色をその緑色に滲ませて言った。
「ないしょ」
「っええー」
「はははそのうち話すから、そのうち」
「いつっすか」
「俺かおっさんの気が向いたら」
「それいつになるか解んないやつだろ」
「ちゃんと言うから、ちゃんと」
ほら食いねえと押しやられたクッキーを言われるがまま摘まむ。またなあなあにされてしまったような気がするが、確かに今まで嘘をつかれたことはないから、きっと待っていれば話してくれるのだろう。
これだから兄貴はという文句は口に出さず、ココはクッキーに勢いよく歯を立てた。