自機+よそのこ(はるよしくん)
うちの子展にお邪魔したときのなんつって和風パロ
「兄さん、人探しか」
突然後ろからかかった声にぴゃっと飛び上がった。
わわわと振り返った先、先程までは何もいなかったはずの小径の腰掛けには、黒々とした何かがいた。もしかしておばけかなにかかと思ったが、後ずさりながらも瞬きを数回繰り返してみたら、それが腰掛けの上に胡座をかいた人であること、顔の上半分が狐の面で隠されていること、そして先程の声はその人から発せられたものであることが、順を追って理解できた。
「え、あ、おれ?」
「そうあんた。見ない顔だし、ここで遊ぶにも青すぎる。となると人探しかと思ったんだが――その様子じゃあそれも違うな」
狐の面の下、露わになっている唇がにやりと弧を描く。人をからかうために生まれてきたような顔だ。
「さては迷い猫か」
「あっ、はい、たぶんそうです……」
ぐうの音も出ない図星だったので反論もせずおとなしく肯定すると、面の下の口はますます愉快そうに歯を見せた。
「なるほどな、それならしょうがない」
「で、出口とかは」
「感づいてるだろ。ないよ、今は」
「あ、やっぱり」
おかしいと思ってはいた。どこまでいっても宵の口の見慣れない小径が続いているし、いろいろ角を曲がったりしてみたものの一向に抜け出せる気配がない。そして人のざわめきはあるが道を歩いているものはいないし、明かりがついているにも関わらず店の中にいるものもいないから、ちょっとおかしなところに入り込んだんじゃないか、という予感だけはあった。
どうせ出てきた身ではあるから、帰りが遅くなったって困る人はいないだろうが、さすがに道ばたで野宿は久し振りすぎて気が引ける。無人には見えるが気配がする以上、店に勝手に入るということもしづらい。
「来たばっかりはしょうがない。そういうもんだ」
そう伝えたら狐は――相手には悪いが勝手に狐と呼ぶことにした――顎の短い髭を撫でると、ちょいちょいと手招きをしてきた。一瞬だけ迷ったが、おとなしく誘われるがままに近寄ると、手を出せと身振りで示された。
「ほら」
「は」
ぽん、と渡されたのは赤い小振りのお守りだった。刺繍も何も入れられていない、ふつうは社の名前も入っているはずなのだがそれもない、実に質素なものだったが、中に何か小さな硬いものが入っている。見た目はどうあれ、一応ちゃんとしたお守りらしい。
「これ持って、向こうの突き当たりを右に曲がれ。奥にちょっと歩くと旅籠がある」
「本当に?」
「本当だよ。中に入ったらそれ見せて、主人のじいさんに『社の狐の紹介』だって言え。それで全部通じるから」
どうやら本当に狐らしい。
それはさておき、なんとか寝床の算段はつけられそうだ。ありがとうございますと頭を下げたら、狐は胡座をかいたまま、またあの人を食ったような笑みを浮かべた。
「俺の仕事みたいなもんだ。好きでやってるし礼はいいよ」
「はあ」
「ま、頑張れよ。居着くもよし出て行くもよし、好きにするといい」
「えっ出られるの」
「あんたがそう決めたらな」
「?」
「そのうち解る。じゃ、じいさんによろしく」
狐はひらひらと手を振った。
直後、瞬きと同時にその姿が掻き消える。
「……うわあ」
——本当にとんでもないところに来てしまったようだ。
だがここで立ち止まっているわけにもいかない。
よし、と掌のお守りをきゅっと握り締めると、言われたとおりに宵闇の中を進んでいった。