たぶんエタバン後かその直前
戦場での中身のないはなし
珍しい月の生まれなんですね、とは今までの人生で何度も言われたことだった。
もちろん同じ戦神の月生まれの人間なんていくらでもいる。珍しい、というのは商人界隈の間でのことだ。自分たちは——彼らは何事につけ商運を高めることを気にするため、根っからの商人の家系であれば生まれ月が商神の月、もしくはその前後というのはよくあることだった。硬貨に刻まれる運命の女神も多い。そのぐらい運を気にする商人達の間で、商売事に何も関係がない月の生まれは、商人仲間のうちではよく揶揄われていたものだ。
「だから実際向いてなかったのかもね」
塹壕の中ついて出たのはそんな言葉だった。時折揺れる大地を背中に感じながら、どんよりと曇った空を見上げる。こんな天気だからうっかり気が滅入って、そういうことを言いたくなってしまったのかもしれない。
「親は待ちきれなかったって言ってたけど」
「テメェの親らしいな」
なにそれどういう意味、と聞いたら黄金色がそっぽを向いた。
「真面目な親だったよ。お互い一筋で浮気してなかったらしいし」
「それほんとにテメェの親か?」
「さっきと言ってること全然違ってない? いいけどさ、わかるけど」
ずん、とまた背中を預けている土壁が揺れた。先程よりも近くなっている。作戦通りに事が進んでいる証だろう。ペースもまあまあだ。
「でも感謝はしてるよ。こういうことには向いてるから」
ほんとかどうかはわかんないけどねと笑うと、塹壕の中の月は「はん」と笑った。
「テメェのそれは向いてるって言わねえんだよ。天職っつうんだ」
「指揮とかあんまりうまくないよ」
「その次元の話じゃねえ。ま向いてんのは確かだよ」
「向いてるって言わないって」
「言葉のあやだ。——それより来たぞ、十時、距離三百、地上兵器」
「ん」
二五十、二百、とキーンの静かな声が距離を刻む。それに合わせて、頭の中の羊皮紙に予想図を書き出していく。砲術は算術と教えられたのも前のことになり、演算をするのも随分手慣れてきてしまった。
「百五十」
「『撃て』」
同時に刻むのは射出の命令だ。自分のエーテル量を考えて、制御は必要最小限に留めた遠距離の魔術。追尾効果なんて複雑なものもいちいちつけていられない、ただの魔術の砲弾である。だが、魔術に弱い機械類には、普通の鉄の砲弾よりも覿面に効く。
しばらくののち聞こえてきたのは、騒々しい金属音と、キーンの「命中した」という淡々とした声だった。
「あーよかった合ってた」
「そんなに自信なかったのか」
呆れの滲む声にむっと視線を返す。
「ないわけじゃないけどね、万が一ってあるでしょ。考えない?」
「んなもん考えねえようにしてる。テメェが何とかするからな」
「人任せ!」
「何とでも言え、次来たぞ。距離四百、さっきとおなじ」
なんともせっかちなことだ。それだけ向こうの追い込みがうまくいっているのだろうが、こっちとしては忙しくて仕方がない。しかもちょっと気を抜いたらこちらが危ないときた。いくらこちらが勲章持ちとはいえ、無茶な挟撃にもほどがある。
「……でもま、キンちゃんと一緒で良かったよ」
「あ? んだいきなり」
「気を遣わなくて済むからさ。他のとこの隊長さんとかだと緊張して計算間違えるかもしれない」
「そりゃ良かったな、あと二百」
急かすような物言いにはいはいと頷いてエーテルを流す。ペンで宙に刻む言葉と紋様は、ほぼ計算通りの正確さをもって弾を撃ち出した。
「……命中。調子良いな」
「調子悪かったら無事じゃないよ」
「そんときはオレがなんとかする」
「だから人任せって……ん? キンちゃんがなんとかするの」
「怒られたから反省した」
「んーえらい子だねえ。あとでたくさん撫でてあげよう」
こちらに向けられた金色が僅かに喜色を浮かべた。はじめの頃は解らなかったが、今となっては手に取るように解るようになってきてしまった。一人の相手にこれだけ深く長くのは今までなかったことだが、他の人間に感じたような息苦しさや退屈感は不思議とない。
「やっぱりキンちゃんとでよかったよ。これからもよろしくね」
「ん、おお? お、おお、いきなりなんだ?」
「日頃の感謝を表しておこうと思って」
「ここでか?」
「どこでも同じでしょ」
本心からそう答えたら、一拍おいたあと「やっぱ戦場向いてるよ」というよく解らない言葉が返ってきたのだった。