狐と狼

どうぶつif いいよね…… 
という気持ちでやった

 理不尽な眠りから覚めたら、周囲はすっかり様変わりしていた。不気味なほどに白い壁に低い空、つるつるした爪の立てづらい大地、そして冷たくて鉄臭いまっすぐなツタ。厄介なのはこのツタで、少し動き回れる程度の広さを残し、後ろも左右も上すらもすっかり覆っている。試しに軽く体当たりしてみたら、撓ることもなくただ岩のような感触が筋肉に響いただけだった。ついでに盛大に耳障りな音がして、思わず耳を伏せてしまう。
「■■■!!」
「■■、■■!!」
 大きな音に引き寄せられたのか、何かの声がした。つんと鼻にくるいやな臭いは今まで一度だけ嗅いだことがある。眠りに引きずり込まれる前、無遠慮に近づいてきた二本足の猿に混じっていたものだ。
 予想通り現れたのはその猿達だった。真っ白い毛皮に、頭の上だけそれぞれ色が違う不思議な彼らは、こちらを覗き込んでは口々に何かを言う。トーンからして宥めようとしているらしい。
 ——誰が思い通りになるか。
 もう一回体当たりをしたら、猿どもは一様に驚いて後ろに下がった。それが面白くて、そしてもしかしたら出られるかもしれないという気持ちもあり、何度も何度も身体をぶつける。
「■■■、■■」
「■■■?」
「■■■■■、■■」
 遠巻きに見ていた猿のうち一匹がどこかに行った。もっと連れてくるつもりなのだろうか。それとも手に負えないと判断してここから出すか。うろうろと狭い空間をうろついていたら、ふと嗅ぎ慣れない匂いがした。さっきの猿の纏うつんとしたそれではない。むしろそれよりももっと慣れ親しんだ、大地と緑の匂いに近い。遅れて聞こえてきたのは、ぺち、ぺち、という柔らかい音だ。
 ——ふわふわの毛の塊がよちよち歩きしている。
 視界に入ったものへの第一印象はそれだった。よくよく見たら違っていた。緑の頭にぴょこんと生えた一対の耳は、中こそ白いが縁が黒い。首元にはふわふわした真っ白い毛がこれでもかと言わんばかりに生えているせいで、でかい綿毛の中に半ば首が埋まっているようにも見えた。首元から下はすらりとした体躯で、猿に握られている前肢やよちよちと歩いている後肢は、身体から離れるにつれ黒くなっている。後ろでゆらゆらと揺れている尻尾は身体と同じくらい太い。
 狐だ、とすぐに解った。縄張りでよく見かけた狐たちの特徴そのままだ。だが彼らは用心深く賢いから、なかなか目につくところへは出てこないし、猿の仕掛けた罠にもひっかからないはずだ。どうしてこんなところにいるのだろうか。
「■■■ヒラキくん、■■」
「——え? えっと、なに、せっとく? するの? わかった」
 驚いたことに、その狐はサルたちとの意思疎通ができているようだった。しかも頭まで大人しく撫でられている。よくよく見れば、自分から耳を伏せて撫でやすいようにさえしていた。撫でられた狐はぷるぷると首を振ると、ゆっくりとこちらを向き前肢を下ろす。
「はじめまして、影みたいなお兄さん」
 そろりそろりと近づいてきた狐に唸り返すと、たったそれだけで耳を伏せて僅かに身を引いた。だが尻尾を巻いて逃げることはせず、ぺたんとすぐ目の前に腰を下ろした。
「突然連れてこられてびっくりした? ごめんね」
「……んでテメェが謝る」
「それもそうね! まあほら、ここであのひとたちの手伝いみたいなことしてるし、謝る側かなと思ってさ」
 返事をしたのが余程嬉しかったのか、ぱ、と尻尾が持ち上がりゆらゆら揺れたのが見えた。狐にしてはわかりやすい。
「ここは安全だよ。お兄さんを追っかけてたやつらもいないし、味方ばっかりだし、傷つけなければ傷つかない。いいところだ」
「……」
「胡散臭いって思った? 俺も最初はそう思ってた。俺も人間なんて皆一緒と思ってたから気持ちは分かるよ」
「にんげん」
「人間。あの猿みたいなもの。二本足で、すごく大きな音が鳴ると痛くなる棒を持ってる猿。あんたも経験あるんじゃない?」
 なるほど人間と言うのか。猿に近いが別種のものらしい。確かに木の上で暮らす奴らとは身体の構造も違うし知恵もある。
 狐はこちらの様子をうかがいながら繰り返した。
「傷つけなければ傷つかない。ここはそういうところ」
「……メシはどうなる。獲物がいるだろ」
「人間が持ってきてくれるよ。何もしなくていい。あっ嫌いなものあったら伝えてあげてね、そっぽ向くとか食べないとかで。俺に伝えてくれてもいいよ」
「寝床は」
「もらえるよ」
「…………長居するつもりはねえけど」
 すると狐は、に、と笑った。不自然に頬に刻まれた朱色に目が行くが、すぐにもふもふの毛に埋もれて隠される。
「俺もそう思ってたよ。——ともかく、これからよろしくね。お月様みたいなお兄さん」
 狐の尻尾が大きく揺れる。
 んよっこいしょという声とともに立ち上がった狐は、「また来るかもね」という一言と、森の匂いをその場に置いて、よちよちと歩き去っていった。

三度の飯が好き

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