※暁月のフィナーレネタバレあり!※
終末のあたりの自機とよそのこ(シルヴァくん)
困った。
肩口にすがりついている金髪をわしわし撫でてやりながら、綺麗な星空に溜め息を逃がす。散発する終末の獣の対応で双蛇党との連携任務からようやく帰宅でき、元気を無くしていた畑の野菜達に水をやっていたら、実に数週間ぶりに同居人が帰ってきたのだ。無事というのは人から伝え聞いていたし、ウルダハの忙しさは支援で何度も見てきて解っているからさほど驚かず、ただ普通に会話した。それだけだったのだが、このハイランダーの何かに触れたらしく、突然その両目が決壊したのだ。
そしてなんだなんだと寄ってみたら抱きつかれてこの有様である。家に戻って来ていない時点で何かがあったのだろうとは思っていたが、これはよほど追い詰められているのかもしれない。未曾有の災害だから致し方ないことではあるが——
(——腹減ったァ!)
何せ激務の後である。自分の部隊の指揮のみならず、指揮官が食われた部隊を引き取り体勢を整えつつ、洞窟を根城にしていた獣の一団を殲滅し、さらに帰り道で連鎖した獣化を食い止め、柄にもない演説をぶち、隊員達をなだめすかしながら帰還して書類まで揃えて出してきた。この間食事など摂る暇がなかったし、今の時間はリムサもウルダハも獣を恐れて店を閉めているものだから買い食いもできなかったのだ。とにかく何か腹に入れたくてしょうがない。
「あのさおっさん、とりあえず中入ろう、中」
「なか」
鼻声が離れる。ようやく間近で拝んだ顔は母親に放り出された小熊かなにかのようだった。
「俺メシ食べてないんだよね。おっさんも何か夜食食ってけよ。幾らか気分マシになる」
「……うん」
「よし」
そうと決まれば善は急げだ。
シルヴァの太い手首を掴んで家の中に連れて行く。にゃんごろと足にまとわりついてきた猫のご飯を任せて、自分はキッチンに立った。
今日の朝頃、何に使おうかとえへえへしながら水につけていた立派なエンドウ豆を戸棚の中から引っ張り出す。そして、昨日のうちに買っておいたワイルドオニオンにセロリ、そしてキャロットを適当に選んだ。地下の倉庫からは干していたベーコンと、丁度補充しようと思っていたバターを持ってくれば準備は完了だ。
野菜とベーコンを刻み、熱した鍋にバターを落とす。ベーコンをカリカリに焼き野菜を放り込んだあたりで、使いかけのチキンのストックがあったことを思いだした。シンク下から瓶を取り出し、全て注いでしまうとあとは野菜に火が通るまで蓋をして弱火で煮込むだけだ。
(……あ、そうだ)
包丁とまな板を綺麗にする前に、ふと思い立って手紙を保管している箱を漁る。やがて見つけ出したのは、太陽とハーブの香りがする便箋だった。そこに大きく優しい字で書かれているのは、手紙と一緒に送ってくれたハーブの効能だ。記載の通りに目的のハーブをいくつか取り出すと軽く刻んで、いい具合になっている鍋に入れる。あとは塩と胡椒で味を調えたら完成というところで、足に猫をまとわりつかせたシルヴァが下りてきた。
「食べちゃったって」
「一緒に洗っちゃうからこっちくれ。あとパン切って」
「何枚?」
「夜だし二枚ずつでいいでしょ」
はいよーという返事はだいぶいつも通りのそれに戻っていた。少しは気が紛れたらしい。
皿に載せられたパンが食卓に運ばれるのを横目に、スープが想像通りの味に仕上がっていることを確認したら、深めのスープ皿によそってこちらも完成だ。
「いいにおいする」
一足先に食卓についていたシルヴァが言った。
「ハーブちょっと使ったからね。まあまずは食べな」
配膳を終えて自分も卓につき、いただきますと軽いお祈りをしてスプーンを取る。
「ふわ」
何よりも先に聞こえたのはシルヴァの声だった。
「なに?」
「おいしい」
「いける味?」
「いける」
「そりゃよかった」
自分もまた野菜をすくって口をつけた。
バターの香りとエンドウ豆の風味が広がる。大きめに刻んだ野菜の食感も食べ応えがあってなかなかいい。スープだけなのは物足りないかも知れないと思ったが、空きっ腹に染み渡るような豆のとろみと味がして、これはこれでなかなかのものだ。
「こりゃいいなあ。夜食リストに入れとこ」
「あれ、これにーさんのレシピじゃないの」
「うん。カーム先生に教えてもらったやつ。ハーブもね」
「ぽぇあ」
妙な音を出してシルヴァが固まった。カーム絡みになるとなぜかこう——なのだが、今日はどことなく様子がおかしい。
「なに、どしたの」
とりあえず聞いてみると、らしくなく伏せられた顔から、身体に見合わず小さい声が聞こえてくる。
「……最近ね、ずっと薬学院にいたの」
「うん」
正直キーンから話は聞いていたので知っていたが、そのまま遮らずに先を促した。
「そしたらね、今日カーム先生に『帰る場所があるなら帰りなさい』って言われて」
「それを思い出したと」
「うん……」
「……まあ、先生の言うことは聞いといて損はないよ。帰れって言われたんなら帰る頃合いだったんだろうさ」
パンを千切って口に放り込む。
——ここ最近、この同居人が帰ってきていないことは正直気がかりではあった。
連絡を取ろうとしてもリンクパールには反応がない。かといって何かあったかと不滅隊に問い合わせたら任務以外のことは把握していないという。しょうがないのでキーンに無事を確認してもらってはいたものの、あちらもあちらで忙しい身だから、そうそう連絡をとるのも申し訳ないと思っていたところだったのだ。
「なんで帰りたくなかったのは聞かないけど」
「にーさんのせいじゃないと思う。たぶん」
「そ。ならいいや。好きなときに帰ってくればいいよ。カーム先生に怒られないうちにね」
「……ありがと」
「どういたしまして」
膝に乗り、撫でれと主張してきたにゃんこの腹をもふもふしてやる。
先生にはまた何かお礼の品を考えないといけないな、と思考を巡らしながら、優しい香りのするスープを口の中に運んだ。