大闘士の葬儀の当日の自機とよそのこ(シルヴァくん)
非情だと言われていることに気付いたのは前線でのことだった。
ただ自分は自分にできることをしていただけだった。冒険者として知り合いの頼みで、そして黒渦団として上からの命令で、言われたことを忠実にこなしてきただけだ。知り合いの、部下の、そして友人達を守るために、軍務を着実に行ってきた。
たったそれだけだったのだが、どうも周りには非情であると映ったらしい。曰く、死体の山の真ん中で食事を摂っていたとか、隣の人間が吹き飛んでも眉一つ動かさずに作戦を続行したとか、仲間の死体を盾にしたとか。
全部本当で、なおかつ当然のことだ。戦場は非日常の場所なのだから、「そういうこと」はあって当たり前だし、毎度気にしてもいられない。ただそれだけというのにいちいち言われても、というのが個人的な所感だ。
「——やっぱり軍人さんだから」
「涙も見せないで……友人だって聞いたけど」
「ほら召喚士だって話ですから、人とはまた違った」
「ああ、蛮神の……どうりで……」
ここでも似たようなものだ。一通りの仕事を終えて、式場の巡回を行っていたときだ。後ろから聞こえてきたのはそんな囁きだった。戦場で充分慣れていたことではあるが、それでもこういったタイミングで——キーンの葬式で聞かされると心底うんざりする。召喚士なんて今時珍しくもないというのに、冒険者ではない人間達にとっては、蛮神絡みというだけで妙な恐怖の対象になるようだ。
奇異とほんの僅かな恐怖の視線を考えないようにしていたが、少しばかり息苦しくなってきた。その空気の流れを敏感に察知したのか、近くで参列者と話をしていたスウィフト大闘佐がこちらに声をかけてきた。
「貴殿、出ずっぱりだろう。埋葬まで時間があるから、少し息抜きをしてくるといい」
「……ありがとうございます、大闘佐どの」
素直に受け、視線から逃れるように裏の通路を通って外へ行く。香と花の香りで満ちた部屋から出て、新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。
「っはあ……」
石造りの壁に背中を預けて空を見上げる。
悲しみの日に似つかわしい曇り空だった。スカーフを緩め、コートのポケットにしまっていた煙草を取り出す。そして口に咥え、指先に灯した火を近づけた。
紫煙を吸い込み、そして吐き出す。少し前にキーンから強奪、もとい借りたものだ。いつか気が向いたときに返そうと思っていたが、こうなっては返す術がない。
もっと早く返しておけばよかった。見た目や態度から誤解されがちだが、とても優しい人だった。何が原因で先に逝ってしまったのか気にならないでもないし、もしそれが人的な要因であるなら仇討ちに出て行ってやりたい気持ちもあるが、やったところであの穏やかな夜は帰ってこないと知っている以上、不滅隊上層に探りをかけるつもりも、気力もなかった。今は、という但し書きがつくが。
他の人達のように——カームやシルヴァ、ロロ達のように涙を流せたら楽になるかもしれないが、今は非常時なのだ。そして非常時なら、自分は一番最後でいい。
半ば以上吸ったところで、傍らの扉が再び軋んだ。
「——あ、いた」
顔を出したのはシルヴァだった。前に話していたようにきっちりと礼服を着込んで、髪を整えている。
「もう時間?」
「いや。もうちょっと後」
「そう」
後ろ手に扉を閉めたシルヴァは、隣に並ぶと同じように壁を背にする。
「俺も休憩。なんか息が詰まってさ」
「そっか」
「にーさんが色々言われるのもちょっと我慢できなくなって」
「……成長したねえ」
「だからその成長って何?」
怪訝そうに眉根が寄ったのが見えた。だがすぐに視線が空へ向く。
「曇ってるね」
「そうね」
「雨降らなきゃいいな」
「そうね。傘は用意してあるけど、たくさん来てくれたから」
足りるかどうか心配だ、とさらに一息煙を空に逃がした。視線の先に広がるのは芝生に点在する墓標と、茂る木々がある。その一角、掘られたばかりの穴と花が見える箇所はきっと、これからキーンが眠る場所だろう。
「……これからはさ、キンちゃん、ここにずっといるんだよね」
シルヴァも同じものを見ているようだった。
「たまに来てあげないとね。退屈だって怒りそう」
「あー怒りそう。にゃんこも連れてこないと夢枕に立ちそうだ」
「なんでそんな怖いこと言うのさ」
「怖がらせてはこないと思うよ、キンちゃんだから」
それだけは確信している。だから大丈夫と言うと、シルヴァも少しだけ考えて、そうだね、と答えた。
「優しいから、……優しかったから」
「うん」
ジ、と焦げる音がした。ほとんど根元だけになっていた煙草を燃やし尽くしてしまうと、緩めていたスカーフを直す。そろそろ時間のはずだ。
「おっさん、戻ろう」
「あ、時間か。そうだね」
開けてもらった扉に続けて入ろうとする寸前、小さな揺らぎを感じて後ろを振り返る。なんだろうと目を凝らしたが、揺らぐ木々以外目で拾えるものはない。
「? にーさん?」
「ああ、うん、ごめん。今行く」
シルヴァの声に懸念を振り切り、視線を前に戻す。
大粒の雨がポツポツと地面を叩きはじめていた。