ハスタルーヤ+自機+よそのこ
未だくっついていない時系列で男子会していた二人に遭遇する話
海の街の朝は早い。
日課のジョギングに向かう時間には、既に喧噪が港の方からうっすらと聞こえてくる。自分もだいぶ朝が早い方だが、漁師達はそれこそ夜が明ける前から海に出て、速い船ならもう戻ってきているからだろう。
だが、一度居住区の中に出てしまうと一転してその喧噪は遠ざかる。漁師ではない、冒険者達の住むこの区画の朝だけは静かだ。この辺り一帯の冒険者達の朝は遅い。遅いと言ってもハスタルーヤよりは、という但し書きがつくだけで、おそらく世間一般なり——かもしれないが。
昼間よりも大きく聞こえる波の音を聞きながら、準備運動を済ませて軽めに走り出す。今日は非番だからゆっくり時間を取ってどこかに行こうか、たまには家でゆっくり過ごそうか、とぼんやり考えながら足を動かしていたら、ふと見覚えのある色が目に入った。
「あれ」
遠目にも解る。あの緑色の髪は隊長だ。
階段を上った先、奥まったところにある家から丁度出てきたらしい彼は、寝間着なのかシャツにハーフパンツとだいぶラフな格好をしていた。起きたばかりなのだろう、寝癖も整えないままに家の前のポストを覗いている。
そういえば隊長がどこに住んでいるかなんて今まで知らなかったが、まさか同じ街の同じ区域に住んでいたとは思わなかった。普段通らない道を選んだのが功を奏したのかもしれない。せっかくだし声をかけていこうと足を階段にかける。
だが、隊長、という言葉は出てくる前に喉に詰まった。
遠くからでもわかる。ポストの中を覗き込んでいる隊長の後ろから続いて出てきたのは、寝ぼけ眼のシェーダーの青年だ。いつもみたいに腹が立つほど不機嫌そうな顔で、隊長になにやら声をかけている。話している内容は聞こえないが少なくとも目上の人間に話すような態度ではない。だが、隊長本人はそもそも嫌がっていないように見えるし、なにより見たことがない顔で笑っていた。
まさか、もしかして、という疑問が胸中を埋めていく。
(くそ)
割り込みたい、その顔をこちらに向けさせてやりたいのに、さっきまで軽快に動いていた両足がまるで動かない。隊舎の時ならまるでお構いなしだというのに、グランドカンパニーという括りがなくなると途端に壁を感じてしまう。
そうこうしている間に、玄関先で話していた隊長が背を向けた。さっさと入れと言っているのか、ドアを開けて隊長を入れたシェーダー野郎もまた背中を向ける。
だが家に入ってしまうその寸前、金色がこちらを見た。夜の闇に浮かぶ月のような双眸は、確実にハスタルーヤの両目を真正面から捉えている。この距離からどうしてというのは愚問だろう、相手は音に敏感なシェーダーだ。足音などからとっくの昔に気づいていたに違いない。
青年はハスタルーヤを一瞥したが、こちらに来るでもなくすぐに視線を外した。ひょろりと長い背中が家の中に消え、扉に覆い隠される。
しばらくその場に立ち尽くしていたが、踵を返して元来た道を辿る。
だんだんと賑やかになっていく空気に反して、ずっしりと重たくなっていく心を抱えたまま、ハスタルーヤは海の見える道へと下りていった。