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ハスタルーヤ+自機
リムサに通り魔が現れたシリーズ(構想中)の中盤のイメージ

 どうしてそういうことをするんですか、と聞いたことがある。
 確か、隊に配属されてから一ヶ月、二ヶ月ほど経った辺りだろうか。隊長も堅実な仕事ぶりを評価されて昇進し、隊員達も昇格して、小隊に割り振られる任務も増えてきた、そんな頃合いだ。隊長が他の冒険者の手助けで長期間隊を留守にしたことがあった。戻ってきた、という話を小隊付きの軍曹から聞き執務室に向かってみたところ、確かにそこに隊長はいた。ただ、顔やら腕やらに包帯を巻き湿布を貼り、消毒液の匂いを連れた状態で、だったが。
「少し手強い蛮神がいたんだ」
 未だに動かしづらいのか、少しだけ眉を寄せながらゆっくりとペンを走らせつつ、彼は言った。
「知り合いがその討伐に行くからってんで手伝ってきた」
「その怪我は」
「ああ、うん、俺のはあんまり酷くないから、他の人優先で普通の処置にしてもらった。自分でも治すことはできるし」
 何しろ後衛だからな、そう続ける彼の目は相変わらず手元の書類に向いている。ちらりと見えた文言は、先程彼が言った蛮神とは違う、イシュガルド絡みの話のようだ。
「他の隊に回してお休みになった方がいいのでは」
 習慣になってしまったコーヒーをいつものように差し出しながらそう進言すると、ようやくそこで視線がハスタルーヤの方を向いた。ありがとう、という短い言葉と共に、湿布の貼られた手がカップを持って行く。
「もう回したんだ、いくつか。この格好で行ったから快く引き取ってもらえた。ただこれだけはうちでやる予定」
「お言葉ですが」
「俺は後ろで指示を出すだけだよ。指揮官の同行が条件だから」
 はあ、とハスタルーヤは溜め息を吐いた。
「どうしてそういうことをするんです」
 心配から来る苛立ちのようなものがそこにあった。書き物もゆっくり、上着に袖を通せもしないような状況で何を言っているのかと思ったのだ。
 上官に対するそれではないとは考えたものの、ハスタルーヤは言葉を続けた。
「ご自分の身体を粗末にするような」
「粗末」
 粗末か、と繰り返し、彼はカップに口をつける。
「俺はそんなつもりはない」
「そう見えますよ」
「うーん」
 各員の配置を書き込んでいたらしいペンが止まり、ややあってから置かれた。そして、片手で持っていたカップにもう片方の手が——八割方包帯に覆われた手が添えられる。深い緑の目が、度の入っていないレンズ越しにまっすぐハスタルーヤを見据えてきた。
 窘めるでもなんでもない、ただ淡々と事実を伝えるときの目だった。
「俺は俺にできることをしてる。それ以上をしているつもりはないし、するつもりもない」
「……」
「——んだけど、客観視も大事だな」
 ハスタルーヤが何か言う前に、カップがコースターに着地した。机の上の書類が拾い上げられると同時、よっこいしょ、という声とともに彼が立ち上がる。
「他の隊に回してもらってくる」
「は」
「は、ってなんだ。あんたが言ったことだろ。粗末にするなって」
 消毒液の匂いがハスタルーヤのすぐそばをゆっくりと通り過ぎていく。留守を頼む、という一言を残し、扉が閉められた。

 ——あれからしばらく経ったものの、消毒液の匂いは未だ近くにある。
 黒渦団に備え付けの医療施設で、ハスタルーヤは書類を整理していた。急ぎのものをより分けてバインダーに挟み、ベッド近くの小机に置く。目が覚めたらすぐに手に取れるようにしておいてほしい、そう言付かっていたからだ。そして、特に関係のないものは自分用に備え付けてもらった机の引き出しにしまい込み、鍵をかける。
 これで一通り今日の分の仕事は終わった。普段の時間よりは幾分か早いが、その理由は明らかだ。
「……」
 ランプの明かりに照らされたベッドの上。普段よりいくらか血色の悪い顔だが、それでも寝顔は最初ここに来たときよりも安らかなものになっている。滅多刺しにされた彼を見つけたときは今度こそ駄目かと思ったが、神殺しの末席はあっさりと持ち直した。傷も大方塞げたし、あとは体内のエーテルの回復を待つのみとなっている。こちらはそうそう簡単にはいかない様子ではあったが、時間が解決するだろう。
 本当は何もせず治療に専念してほしいのだが、隊長の性根や今回の事件の内容からしてそれは無理だろう、とハスタルーヤは諦めていた。なにせ彼の友人が関わっている。ダメだと言ったところで聞かないだろうし、より上の人間もどうやら彼の好きにさせる腹積もりのようだから、ハスタルーヤがどうこうできるものではない。それならいっそ、ある程度満足するまでやらせたほうがいい。
 やれることだけやる、と言いつつ、誰かに頼まれたり、知っている人間に関わることだと途端にこうだ。たまに誰かが口を出してやらないと、本人も気がつかないうちにキャパシティを越えかける節がある。
 ハスタルーヤは眠る彼の額に手を当てて熱がないかだけを確認すると、ランプの灯りを落とした。
「お疲れ様でした。おやすみなさい」
 返事はなかったが、幾分穏やかな寝息に満足すると、静かに部屋を後にした。

三度の飯が好き

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