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 戻ってみたらボロクソに泣いていた。
「ちょっと何虐めてんの」
「虐めてない。安心しただけらしい」
「ほんとに?」
 また妙な治療しようとして泣かしたんじゃないのかとありのままの疑問をぶつけたら、当の泣いている本人から「ほんとです」という声が上がって更にびっくりした。
「ぼっ、俺が勝手に、こうなった、だけで」
「そっか? それならいいんだけど」
「ほらみろ。勝手に罪をなすりつけるんじゃない」
 溜め息まじりの呆れ声が刺さった。はいはい悪かったですよーと適用に謝ってベッドをよじのぼり、未だぐすぐすと泣いている青年の前に腰を下ろす。
「何はともあれ、話せるようになってよかったよ。こっちは空振りだったからさ」
「そうか」
「うん。最近何かやらかしそうなのも、やらかした奴らも聞いてないってさ。まだ情報が出てきてないやつらはともかくとして」
 だから本人の口から聞けないと正直手詰まりだった。落ち着いてからでいいからねと替えのタオルを渡してやると、「すみません」という鼻声とともに手が伸びてきた。ついさっきまでとは大違いだ。
「それじゃあ、話せるところからでいいから、君がどこから、何をしにきたのか教えて。もしかしたら助けになれるかもしれない。いや助けるんだけど」
「わ、わかりました」
 ぐし、と泣き腫らした目をタオルで拭いた青年は、未だに嗚咽混じりの声で、それでもゆっくりと話し出してくれた。

 東洋風の名を名乗った彼は、もともとウルダハの商人だったらしい。成人した頃合いに死んだ両親から店を継いだ彼は、たまにちょっとした危機に見舞われながらも、それでもなんとか穏やかに日々を暮らしていたという。
「小さい店だったんで、豪遊とかそういうのは全然縁が無かったんですけど」
「ウルダハで商人やってただけでもえらいよ。商人にとっては生きチョコボの目を抜くところでしょあすこ」
「同じ商品を扱う競合もそんなにいなかった、ので」
「そんな商人がなんでまたこんな荒くれどものとこに?」
「ぅ、その……何て言ったら良いのかわからないから、そのまま言いますけど」
 痴情のもつれです——と彼は言った。
「痴情の」
「もつれ」
「これ以上はちょっと、女の子がいるから」
「ああ安心しろ、こいつはそういうの聞きたがるタイプだ」
「大歓迎です」
 本心からの一言だったが、青年は複雑そうな顔をして少し黙ってしまった。だが、ややあってまたおずおずと口を開く。
「……俺、というか、俺たちのまわりは、結構その……夜のことを気軽に考える節があって」
「へえー」
「人脈作りか?」
「そういう人もいるけど」
 ちゃんとした相手がいる人間はそうではないが、基本的に閨事に関しては奔放というのが、彼の周りの商人たちの文化であったらしい。金が巡るところは娯楽も発達すると聞くが、そういった事情は初めて聞いた。思わず深掘りしそうになったが我慢して先を促す。
 酒の席みたいなものだと考えてほしい、と青年は言った。
「普段よりも好きに話せるし、すっきりする。俺は単純にそういうことが好きでやってたから、人脈作りはおまけ」
「それでもつれたの?」
 濃緑の双眸が伏せられる。
「……最後の相手が勘違いしたんだ」
「うん」
「一回寝ただけで俺につきまとってくるようになったから、それで振ったんです」
 相手は金持ちの箱入り息子だったらしい。良くも悪くも一途なタイプだったのか、お忍びでやってきた酒場でたまたま行き会った彼に、たまたま誘われて一夜を共にした結果、どういう理由か彼を運命の相手か何かだと誤解してしまった。
「そしたら、……おれ、俺を、閉じ込めて、地下に」
「うん」
「飯も、あいつがだしたのだけで、ずっと」
 隣でずっと話を聞いていたアウラの目がすっと細められた。
「それで逃げてきたと」
 込められた意図を察知して話を遮ると、落ち着きなく揺れ始めた目を下からのぞき込む。
「じゃあもう大丈夫だ」
「う」
「ここは海賊の都だからね」
 つまり無法者達の天国である。そんじょそこらの金持ちが来たって身ぐるみ剥がされて追い返されるのが関の山、たとえウルダハの金持ちであっても行儀を知らない人間は俎の上の魚と一緒、カルパッチョになる運命を待つ脂ののった鯛も同然だ。
「それにこっちには君をぶっ飛ばしちゃった責任があるし」
「ぶっ……?」
「轢いたの間違いでは?」
「うるさいなもう! だから安心して良いよってかっこつけたかったのに茶々入れないでくれます!?」
 半ばヤケクソで放った一言に、それまで曇っていた瞳がへにゃ、と歪む。
「あり、ありがとう、ございます」
「やっと笑ったねえ!」
 良い子だと撫でてやったら、アウラの方から「怖い」という大変心外な一言が飛んできた。

三度の飯が好き

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