自機+よそのこ+よそのこ(ぽぽちゃん+ユー奴)
ウルダハから逃げてリムサにきた時の話
人を轢いた。
正確にはぶっとばした。最初はなにぶつかってきてんだと思ったが、よくよく考えてみれば前を向いていなかったこっちが悪いし、慣れた街だからと全速力で走っていたのもまずかった。さらになじみのお店から頼んでいた肉が届いたとか言われて速度が三割り増しになっていたのもよくなかったと思う。とにかく全速力で走っていた彼女は、角を曲がった先にいた人を避けきることが出来ずに正面衝突し、思いっきりぶっとばしてしまった。
ぶっとばした体はそのまま地面から起きてこなかったので「ひええ」と思ったし、実際口からも出た。ただそのままにしておくわけにもいかず、店には断りを入れて、ずだ袋のようになった体を担いで引きずって宿屋に直行した。「ついに人間でも食うつもりか?」とからかわれたけれども、さすがに轢いただけですなんて言うことはできず、とっさに「具合悪くなっちゃったみたいで」と答えた。そう答えるしかなかった。
そして奇跡的にも空いていた部屋に駆け込んでベッドに放り込み、様子を見て二時間ちょっと。
「……これはやばいかもしんない」
一向に起きる気配がない。呼吸音は聞こえるから大丈夫だとは思うがいかんせん生気がないし譫言も言わなければ寝返りも打たない。目に見える怪我があればすぐに治せるのにそれも見あたらないからどうしようもない。とりあえず妖精を喚びだして、どうかなあ、なんて顔を見合わせてはいるけれども、彼女から返ってくる答えはただひとつ、「よくわかんない」を意味する首振りだけだった。
「どうしよ」
「まずその装備脱がしてやれ」
「うひゃあ」
突然返ってきた声にびっくりして椅子から垂直に飛び上ってしまった。だが、すぐにその声が聞き覚えのあるものだと気付いて入り口の方を振り向く。
「あーもうなにびっくりさせないでよ」
「そっちが呼んだんだろ」
「そだっけ?」
「頭でかいのに記憶容量は小さいのか」
それはあんまりじゃないのと言ったら、突然の客——アウラ・ゼラの青年は肩をすくめた。
「あんまり慌ててるから切り上げて帰ってきた」
「ありがとね」
「今度一回用事に付き合え。それは置いといてさっさと脱がそう」
「さすがに意識のない人はどうかと」
すると、頭上から降り注いでくる視線があきれを含んだものに変わった。
「呼吸を楽にしてやるんだよ。見たところサイズも合ってないし、明らかに身体に負担がかかってる」
「あーはい、そういう」
「そういう。手貸せ」
「うっす」
言われるがまま、彼が抱き起こした身体から軽鎧を脱がしにかかる。言われてみればその通りで、革も服もかなりサイズが違っていてぶかぶかだ。お金がなかったのか、それとも別な理由があったのかはわからないが、種族に合っていないものを無理に着ているように見える。使っている革も重たい。
「よし」
「じゃあよろ」
「軽いな」
脱がしてやったものを床に置いたらあとは白魔道士の彼の仕事だ。
二回りも三回りも小さくなってしまった身体の、やけに骨が浮いた手首を取って脈を診たり、胸に耳を近づけて心音を聞いたりと動いていたが、やがて「うん」と頷いて身体を起こした。
「わかった?」
「お前相当な勢いでぶつかったな」
「まさか」
「打撲程度だ安心しろ」
「びっくりさせないでよ」
「鎧越しで痕残す勢いでぶつかる方がびっくりだよ」
だって急いでたんだもん、という反論はあっさりと黙殺された。
「ひどい栄養失調と過労。たぶん」
「たぶん」
「何も聞けないんだからアタリつけるしかないだろ。エーテルの流れを見た感じ、他にヤバそうな病気は持ってない、と思う。どういう理由かは知らないが、ふらっふらの状態でお前っていう砲弾を受けたら誰だってこうなる」
砲弾という表現もどうかと思う。だが反論も何もしなかった。
「打撲は治しとこう。たぶん頭は打ってないから、悪いようには転がらん」
「わかった」
「あと、もう一つ」
低い声が更にワントーン低くなる。
「お前の石頭じゃないものでできた打撲があるんだ。それも複数」
「……それってつまりは」
アウラ族の男性特有の鋭い目が、さらに剣呑さを帯びる。
こういう顔をする時は絶対何かあるときだと、自分の長い耳がぴくりと動くのが解った。そして、長年の付き合いがもたらした嫌な予感はやっぱり的中した。
「こりゃ人の手の痕だ。十中八九、訳ありだよ」