自機+よそのこ+PvP
(シルヴァのおじい)
「っあー」
荒野に転がる見慣れた身体を石突きでつついてやったら、そんな気の抜けた音が出た。
「死んだフリかね? もう終わったよ」
「知ってるよ。終わったのも、俺らが負けたのも知ってる」
「じゃあ何してるの」
そろそろ撤退する時間だよと言いつつも、自分もその隣に腰掛ける。木で組まれた足場の上から、人がいなくなりつつある演習場を見下ろすなんていうのはなかなかない機会だったからだ。
隣で仰向けに転がっていた死体もどきは、ぱちりと目を開けるとのそのそと身体を起こした。
「帰るわ」
「質問に答えてない」
「うぇ」
そそくさと去ろうとした彼を槍にひっかけてまた戻す。ぺそんと尻餅をついた彼は特に逃げることはしなかったが、こちらを見ようともしていなかった。もそもそと丸まった背中だけがこちらに向けられている。
「頭冷やそうと思ってたんだよ。やられた直後に終わったから。ここ気持ちいいしな」
「へえ」
「……やっぱ帰」
「避けてないかね?」
気になっていたことをそのまま直球で聞いてみた。根拠などはあまりない、ただ直感のようなものだったが、図星ではあったらしい。ためらうような沈黙の後、珍しくグローブなしの素手がわしわしと頭を掻いたのが見えた。
「避けてるよ」
「あら素直。理由は?」
「間髪入れずに聞いてくるな」
「気になるから」
「あんたに殺される夢見て起きたからです。以上」
それはまたけったいな――と言い掛けたがすぐに心当たりにたどり着いた。最近解放されたとかいう対人演習に物見遊山で出かけたのだが、そのとき気付かないまま滅多打ちにしてしまったのだ。一応その後で謝りはしたものの、思い返せばその頃から若干避けられている空気があった。
「気持ちは分かるがちょっと繊細すぎだとおもうよ」
「うるさいなこっちは一般市民なんだよ。自力でジャンプして竜ぶっ殺すような戦闘民族に言われたくない」
「一般市民ねえ」
ふー、と鼻から息を抜いて、彼の両脇に置かれているチャクラムに視線を遣る。すると、こちらを見ていないにも関わらず敏感に察知したらしい彼は、首だけ向けてきた。
「……その何か言いたそうな目やめろ」
「何か言いたそうじゃなくて言いたいんだがね。言わないけど」
「なんだそれ」
「言っても君否定するから」
とにかくさっさと帰るよと立ち上がる。今度は槍ですくい上げるまでもなく、渋々といった様子ではあったが腰を上げてくれた。金属と硬い木の床がこすれる音とともにチャクラムが持ち上がり、太股に提げられる。
――一般市民とはよく言ったものだ。
こちらが背中を刺し貫いてやるその寸前、振り向きざまに必死の形相で放ってきたのは、そのチャクラムでも何でもなく足留めをするための術式だった。その理由を理解したのは、力つきて倒れたその身体の向こうに、こちらに鋭い刃を向ける鋼鉄の機械人形を見つけたその瞬間だ。そういうことをするような人間が一般市民のくくりにいたらたまったものじゃないが、きっと彼は彼で「追いつめられたら誰だってそういうことする」などと、頑なに否定してくるにちがいない。
はあ、とまたため息を一つ落とすと、高台から一息で飛び降りる。途端に後ろから「ちょっとそういうのやめて」という文句がすっ飛んできたが、軽く聞き流して走り出した。どうせすぐ追いついてくるに決まっている。
案の定、しばらくも経たないうちに足音が追いかけてきた。さらに逃げるように力を込めると、「おいこらじいさん」という文句がくっついてきた。だが足音が遠ざかることはなく、つかず離れずの距離をついてくる。
「お互い敵に回したくないねえ」
「あ!? なに!?」
「何でもないよ」
さっさと帰って報酬もらうよと投げかける。
そして、一路出口へ向かって荒野の戦場を駆け抜けた。