自機+よそのこ+ご都合主義+ごはん
そしてたぶんネキはなんで朝帰りになってるのかは解ってない
目が覚めたら強請られるままに頬を寄せて唇を食み、そのまま抱えられてバスルームに向かう。じゃれ合いながら綺麗にして、身支度を整えて部屋を出る前にキスを一つ。潮風とともに紛れ込んでくる朝の喧噪の中、鍵の返却は相手に任せて別れ、その大きな背中が曲がり角の向こうに消えるまで控えめに手を振ってやったところで、表情筋に限界が来た。
「やっちまった……」
掠れていたせいもあってこの世の終わりみたいな声が出た。
正直そこまで深刻ではないが、歓迎しがたい事態であることには変わらない。くさくさとした気分のまま、今日も天気が良いリムサ・ロミンサの上甲板に出ると、潮風が混じった朝の空気を思いっきり吸い込む。
憂さ晴らしにチョコボをつれて遠出でもするか、それとも家に帰って寝直すかなどと考えながら、日の光に白く輝く広場を歩いていたら、視界の先少し向こうに、こちらへ向かってずんずん近づいてくる影が見えた。その影はみるみるうちに大きくなり、視界すべてを覆う壁のようになったところでようやく止まる。
「やあ」
「やあ、じゃないんだわレジーの姐貴。もう少し離れてくれ」
「どうして?」
「首の角度がキツくて痛い」
背が高い種族はこれだから困る。一応自分も同じ種族の中では中くらいより上のはずなのだが、どういう理由か周囲は高身長ばかりで首が凝りがちだ。
しょうがないなというため息とともにちょっとだけ離れてくれた壁――もといルガディンの女性は、にっ、と口角上げた。
「おはよう。今日も朝帰り?」
「おう」
「よく飽きないな」
「飽きる方法があったら教えてほしい」
こっちだってしたくてしているわけじゃない、と肩をすくめたら、レジーは「おや」と意外そうな顔をした。
「好きでやってるんじゃないのか?」
「半分は好きでやってるよ。もう半分は不可抗力。そういう質でね」
詳しく言うつもりはないが。
するとレジーは「なるほど」と一度頷いたあとに、何を納得したのか「よし」と続けた。
「じゃあ食事でも行こう」
「は? なんで」
「いいから。まだなんだろう? たまには付き合ってくれ」
「まだだけどさあ、おいちょっと」
質問もなにもする暇がないまま、手首を掴まれてずいずい引っ張られた。そもそも歩幅が子供と大人ほどに違うからこちらは自然と小走りになるが、レジーの方はお構いなしだ。それにこちらは生憎キャスターで、向こうは叩き上げのファイターときているから、腕力からして逆らえない。
逃がさないようにというつもりなのかご丁寧に徒歩で下甲板まで降りると、彼女はいい匂いを漂わせ始めている店の一つに入った。
「あらーいらっしゃい」
さほど広くない店のせいか、入ってすぐ見える厨房に立っていた店主がこちらに笑顔を向けてくる。
「今大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、ちょうど海に出てた男どもが帰ってって暇してたとこ。……なに、その子が何か悪さしたの?」
「してない。突然引っ張ってこられた。どっちかっつうとこっちが人攫いだ」
ついでに言うと子供でもない。リムサでは大柄な種族が多いから相対的にそう見えるだけだ。
目に付いたものを適当に頼むレジーに便乗して注文し、出された水を飲みつつ待つこと数分。早くおいしくそして多くが共通事項のリムサ・ロミンサらしく、二人の間にどんと料理が乗せられる。その頃には、何でこんなところにつれてこられたんだとか、そういったことは全部吹っ飛んでいた。
いただきますと食事に感謝し、がっとフォークをつかんだらあとは黙々と食べるだけだ。リムサにしては珍しく肉中心の、朝っぱらから食べるにはなかなか重たい内容だったが全く問題ない。それはレジーにとっても同じだったようで、あっという間に皿の上の料理が消えていく。全体的に静かで綺麗な品の良い食べ方をするのに、一瞬目を離した隙に一定量の食事が消えているさまは、さすがローエンガルデだ。
「――最近調子悪いんじゃないか、キミ」
吸引力がまるで衰えないままに進む食事のさなか、初めてレジーが口にしたのはそんな一言だった。
「ふぁ?」
突然振られた予想外の話に口の中のものを飲み込むことも忘れ返事をすると、白銀の髪を耳にかけつつ骨付きの鶏肉を綺麗に処理していた彼女は、いつもの泰然とした表情で続けた。
「うちに来ていないだろう。うちの子たちからいない間に来たって話も聞いていない。酒が飲めなくなったのか?」
「あー……あえて飲んでないんだよ。飯も控えめにしてる」
「なぜ?」
「なんでっていわれても……節制しようかなって」
体の丈夫さには自信があるが、良い歳をした大人だし、健康に配慮しておくことに越したことはない。今日みたいにこうして誘われた日は別だけど、そう付け加えたら、レジーはものの見事に鶏の足を一本食べきったあと、きゅっと唇を拭いて言った。
「それはやめたほうがいい」
「はあ? なんだよいきなり」
「頻度が増えてるだろう。朝帰りの」
「え、なんで知ってんだ」
「背が高いからよく見えるんだ」
「適当なこと言うなあー」
だが否定はできなかった。たしかに、朝帰りの頻度が増えているのと試しに酒を控え始めたときはだいたい同じタイミングだったからだ。
それにちょっとおかしいということにも反論できなかった。今日の朝方、いや昨日リテイナーに言付けをしたあと、ちゃんと家に帰ろう、絶対家で寝てやると思っていたのにも関わらず、タイプのルガディンを見つけて気がついたら宿屋にいた。元々あの日から、そういうことに関する衝動は増しているなとは思っていたけれども、数日連続で家のベッドに寝ていないのは初めてだった。
「キミの場合、無理に我慢するのは良くないと思うよ」
レジーはさらにもう一本鶏の脚を皿から取る。
「たぶんその『節制』とやらのせいだぞ、おかしくなってるのは。……キミの様子を見るに、本当は『節制』とは違うんだろうがね」
続けられた言葉に、ん、と喉が詰まる。これも否定できなかったからだ。節制なんて建前で、本音はもっと別なところにあるというのは、自分でも薄々感づいていた。が、まさかそれを真っ正面から指摘されるとは思わず、取り繕う余裕もないままに天井を仰ぐ。
「……あんた、たまにいやってくらい察しがよくなるよな」
「嫌だったか? すまなかった」
「ぜんぜん。謝るようなことじゃない」
はー、とため息を一つ吐き出すと、置いていたフォークを再びつかむ。
「今日姐貴んちいく。しこたま酒飲んでから。その後家帰る」
「うん、それがいい。私に出来ることがあるなら何でも言ってくれ」
「姐貴のそういうまっすぐなところ大好きだぜ」
「光栄だ」
に、と精悍なルガディンの笑顔に自分も笑顔を返すと、自分もまた目の前の塊肉に手をかけた。