ダブルベッドについて 自機+よそのこ
「俺に? そういう人?」
至極まっとうなことを聞いたはずだったのだが、聞いた相手はきょとんとした顔をすると、一瞬置いて「ハッ」と心底おかしそうな吐息を漏らした。
「いないよ。今までそういうのが家にきたことあったか?」
「なかった」
「だろ」
だからそういうこと、と言うと、明かりを落としたせいで深緑というよりは黒髪に見える頭はくるりと向こうを向いた。
「そもそもなんでそんなこと聞いた?」
「このベッド二人用でしょ」
「それでか」
「気になるのが人の性だから」
「そりゃあんたの場合だけだろ、好奇心の塊が具現化したみたいな挙動するくせして」
なかなか失礼なことを言うが、良い歳をした一人暮らしの家にダブルベッドがおいてあったら誰だって気になる。そもそも広い寝床が好きなのか、広くないと落ちるのかといったら、彼の背中は「ほんと俺のことなんだと思ってんだよ」と笑った。
「もっと単純だ」
「アー……布地が好きとか?」
「そりゃ単純すぎる」
「単純だって言ったじゃないかね……それに最初すっぽんぽんで寝てたし」
「それにしても行き過ぎだって。男連れ込むためだけにでかいのにした、それだけ」
付け加えられた一言は、予想外の方向にすっ飛んだ答えだった。
思わず身体を起こしたら、長めの前髪からわずかに覗く瞳が一瞬だけこちらを向く。
「言っとくが、そういうのに使ったことはないぜ。残念ながら使う前にあんたが来た」
「使ってたらハッ倒してたとこだよ……」
「はは怖。あんたに殴られたら顔の形変わりそう」
そういうのも嫌いじゃないけどな、などと言う家主は、こちらの反応を楽しんでいるのかどことなく上機嫌なように見えた。からかわれているようで少々癪ではあるが、起こした体をもぞもぞと戻すと、さらに気になったことを聞く。
「そういう人はいないんじゃなかった?」
「ああうん、そう。ってかなんだこれ、恋バナか何か?」
「そういうんでもいいよもう」
「興味優先して言い訳を疎かにするなってじいさん」
だが答えてはくれるらしい。
彼は自分が起きあがったせいで、倒れてしまった間仕切りのぬいぐるみとずれてしまったブランケットを直す。
「大人の友達が何人か」
「ご禁制じゃないかね」
「最後まで言わせろって。そもそもご禁制じゃないし。あんたのところは知らないが、少なくともウルダハの俺たちの周りはそうだ」
「俺たち?」
「言ってなかったか? 俺元々ここの商人だったんだよ。もう辞めちまったけど」
「へえ」
そのあたりも気になるが、ひとまず先を促した。
彼が語ったところによると、そもそも彼らウルダハの中小の商人たちの気質として、閨事にはかなり大らかな気質があるらしい。人脈づくりの一環なのか、それとも商業の都市にふさわしく娯楽として意識が特化しているのかはわからないが、少なくとも冒険者になるだいぶ前から、そういった知り合いが多くいるという。
「金が回ると娯楽ができる。そしてうちは――ウルダハはそういうのも漏れなく発展してきた。お偉いさんとか金持ちはそれなりに気を遣ってたけど、俺たちみたいなそうでもないところはあまり関係ないからな。決まった相手がいない奴らだったら、まあ自由にやってたよ。いい儲け話がくるときもあるし」
そのまま今に至るってわけ、といつのまにかこちらを向いていた彼が、カーバンクルのぬいぐるみの向こうから言う。
なんとも商業の都らしい話だが、それにしてもこじれたりすることはなかったのだろうか。
「はは、さあね」
彼の唇が少しだけ歪んだ。上目気味の、黒にも見える深い緑色をした瞳が、カーバンクルの耳の間からじっとこちらを見てくる。普段あまり見たことがない表情だったが、それが何を意味するのかは、今の自分にはわからない。
「少なくとも今こじれてない」
「なるほど。否定はしないけど理解はできないってところかな」
正直に言った言葉に、彼は特に気分を害した様子も見せず、「それでいい」と答えて再び背中を向けた。
「理解してもらうつもりはないから安心しろよ。そういうときは外に泊まるし。……で、ほかに恋バナは?」
「ないよ」
今のところはね、というセリフは胸の内に仕舞いこんで、手元にこてんと転がってきたもう一匹のぬいぐるみを抱え込む。おやすみと言った数秒後には、外歩きで程よく疲れた身体を眠気が包み込んでくる。
特に抗うこともせず、ふわふわの布を抱えたまま、ゆっくりと意識を手放した。