[2019/03/02]バツクラ

ねこのまんま:懐いてほしいバッツ君 / バツクラ / 文庫ページメーカー

 うちの飼い猫はお見送りに来てくれるんだぜなんていう自慢を聞いたのはどこのバイト先だったか。すでに記憶がおぼろげだが、「へえー猫もそういうことするんだ」と感心したことだけは憶えている。
 自由気ままで気まぐれの代名詞のような生き物でも、仲の良い、信頼している相手にはそれ相応になついてくれるらしい。中には飼い主が呼ぶと膝の上に乗ってきたりするような猫もいるという。
「でもおまえはそんなことしないタイプだよなあー」
 恒例の朝の激闘を終え、完全にテンションが下がった状態で寝床に丸まり背を向けているクラウドの、そのまったくやる気の無い尻尾を見、バッツははあとため息を吐いた。
 クラウドは甘えん坊かクールかと言われたらおそらくクールの部類に入る性格をしているというのは、一緒に暮らし始めてすぐにわかったことである。よほど機嫌が良いときでないとすり寄ってこないし、撫でてやってもそれほど嬉しがっている様子は表に出さない。喉だって、多くて二日に一回鳴らしているかいないかだ。膝の上に乗ってきたりだとかべったりして離れないだとか、そういったシーンに遭った例しがなかった。
「それはそれでさ、いいんだけどさ。猫っぽくて」
 それにクラウドは獣人だ。一応大きさは成人男性である。いきなり膝の上に乗られたらそれはそれで困りものだ。嬉しいが。
「クラウド、行ってくるからな。多分夕方には戻れるから、良い子で待ってろよ」
「……まぅー」
 よしよしと金髪を撫でると、それまでまるきり動く気配の無かった尻尾が、一回だけ控えめにマットを打った。それが行ってらっしゃいの合図なのだろうと理解したバッツはそれ以上の反応をねだることはなく、よっこらと体を起こすと鞄を持つ。
「行ってきまーす」
 当然のごとく返事はない。ただそれでも、バッツのその言葉を実際に聞いて待っている存在がいるというだけでいつもよりやる気が出るというものだ。
 幸いにして今日の仕事はそれほど時間がかからない。さっさと帰ってご飯にしてやろうと心に決めて、バッツは玄関のドアを開けた。

 ——家主が出て行って数分後。
 猫はむくりと寝床から起き上がった。一回だけ伸びをすると、すっかり静かになった部屋の中をきょろきょろと見回す。
 いつも何かと賑やかな家主がいないことを確認した猫は、ぺたぺたと玄関まで向かう。空気にほんの少し家主の匂いが混じっていて、なぁー、とちょっとだけ細い声が出た。ドアに触れてみるものの、外にはまだ出ないようにと言われていたことを思い出して鍵を開けるのはすぐに止めた。猫だって言うことぐらいは聞けるのだ。
 部屋の中に戻ると、猫はソファーに家主の寝間着が引っかかっているのを見つけた。そのまま手に取って、ちょっと迷ってからすん、と匂いを嗅ぐ。
 太陽の匂いだ。猫はこの匂いが好きだった。どうしてかはわからないが、どこか安心する。外の匂いがちょっとだけ混ざっているからかもしれない。気分を良くした猫はソファーにのぼると、んるるるる、と喉からご機嫌な声が出た。いつもは嫌いな洗面所に持って行ったりとか、ちゃんとしまわれたりして触れなかったが、今日ばかりは思いっ切り堪能できるかもしれない——

「——やべやべ、財布忘れちまったよー」
 扉を開けた瞬間、バッツは何か金色の塊がやたら大慌てで寝室に逃げ込む様が見えた。まさか一人で遊んでいたのかと見てみたら、寝床の布団とマットレスの間から、いらだたしげにびたんばたんと暴れる尻尾だけが覗いている。なんだか知らないうちに苛立ちポイントを踏み抜いてしまったらしいが、正直忘れ物を取りに来ただけなのでまるで心当たりがない。
「えっと、邪魔したか? ごめんな、うん」
 今度こそ行ってきます、と布団ミノムシに声を掛けると、出がけの時よりも一層強い尻尾の合図が返ってきた。

三度の飯が好き

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