[2019/02/27]バツクラ

ねこのまんま:ハッサクさんのツイートよりバッツ君とクラウドにゃん / バツクラ / 文庫ページメーカー

「ごはんだぞー」
 自分の朝ご飯ともう一つ、専用の器に盛ってやった魚肉系のドライフードを配膳しながら、バッツはまだ静かな寝室に声をかけた。
 だが、もぞ、と何かが動いたのは見えたものの、こちらに向かってくる気配がない。それどころか布団の中から動きもしない。もしかして具合でも悪いのかと、エプロンを脱ぎながら様子を見に行ったら、布団からちょこんとでている黄金色の耳がちょいちょいとこちらに向けられるのが見えた。
「……起きてるだろおまえ。そいやっ」
 容赦も何もなく、バッと布団をめくり上げる。
「ぅー」
 途端、不機嫌そうな声が上がり、気ままに惰眠をむさぼろうとしていたらしいベッドの主がくるんと背を向け丸まった。不機嫌な心持ちをそのまま表しているのか、耳と同じ色をした尻尾が、たしんたしんとマットレスを叩く。
 最初はこの可愛らしい仕草に「あっごめんな寒かったなー」等と言って布団を戻してやったものだが、今はもう鉄の心を備えつつあるバッツ・クラウザーである。そんな初心者向けの罠にはひっかからない。
「だめだ。飯食ったら寝て良いから、今は起きる! ほら!!」
「ぁうーるるるる」
「甘えてもだめだぞーかわいいけど」
 わしわしわしと、奔放に跳ねるふわふわの金色を撫でてやる。
 そこでようやく、布団の主はバッツの言うことを聞く気分になったらしい。背中を向けて丸まった姿勢から、そのままころんとうつ伏せになるとのそのそと起き上がり、身体のこりをほぐすようにぐぐぐと伸びて、ついでに大きな欠伸もひとつした。
「よーしいい子だ。ご飯にしよう、クラウド」
「……にゃう」
 すっかりいつものすました鳴き声に戻った彼は、ベッドを下りると二本の足で立ってとことことついてくる。不機嫌そうと言うよりは眠たそうな様子で、すっかり定位置になったバッツの隣にストンと腰を下ろすと、置かれたスプーンを手に取った。
「いただきます」
「にゃ」
 一緒に言っているつもりなのか、それとも単に合わせて言っているのか解らない鳴き声を上げた後、彼は——クラウドは自分の朝食を、器用にスプーンを使ってぱりぽりと食べ始める。
 前々から使える素振りはあったが、食器の使い方はだいぶ様になってきた。たまに硬めのフードに当たるのか、時折ぱきん、ぽりんとの小気味良い音を立てながら、それなりにおいしそうに食べている様子を見ながら、バッツもまた自分のトーストをかじる。
「あとは言葉だけなんだけどなあ」
 ぽそりと呟いた一言に、またクラウドの猫の耳がこちらに向いた。
 クラウドは見た目通り猫の獣人である。しかし獣人がすべからく人語を話せないわけではない。クラウドのように、ほぼ人間に等しい種族であれば、喉の構造や思考が人間のものと大差ないため話すことに支障はないのだ。実際、それで社会に溶け込んでいたり、人間とともに生きている者達も多い。
 だがクラウドは、バッツが拾ってからこのかた一度も言葉を喋ったことがなかった。
 野良猫だったからだろうかと最初は思っていたのだが、定住先を持たずに生きる野良はほとんどがおとなになれずに死んでいくと聞く。となれば、もう立派な大人のクラウドは、どこかである程度人に交じって暮らしてから野良になったのかもしれない。それなら言葉も話せて良いものとは思うのだが、今までずっと、彼が何かを言うような素振りは見せていない。
「クラウド、ついてるぜ。右の方」
 ふと気がついたバッツの言葉にぴるっと耳が動き、不思議な色をした瞳が瞬いたのち、こしこしと言われたとおり右側にひっついていた欠片が拭われる。
(言ってることはわかってるっぽいんだけどなあ)
 もしかしたら、かつては喋れていたのかもしれない。野良の時に何かあって言葉を忘れてしまったという可能性もある。だが、それがもし本当ならきっと聞いても答えないだろう。
 無理して聞くことでもないしな、とすっかり小さくなったトーストを口の中に放り込むと、同じく食べ終わったクラウドがすりすりと擦り寄ってきた。おなかがいっぱいで機嫌が良くなってきたのか、少しだけ甘えたな声を出すと、そのまま食器を持ってキッチンへ行ってしまう。こういうところも、人の間で暮らしていた名残に見える。
「ま、そのうちな、そのうち」
 そのまま寝室に戻ろうとしたクラウドの両脇を後ろからがっちりと捕まえると、何をされるのか察してもがく彼をずるずると洗面所まで引きずっていく。しまいにはフーフー言い出したが気にしない。
「食った後は歯磨きしろっていつも言ってるだろ」
 水が苦手だろうが何だろうが、健康のためにはクラウザー家の掟に是が非でも従ってもらう必要がある。
「顔洗うまでが飯だからな。終わったら寝て良いから」
「わううううう」
「よし、よし、怒るなって」
 毎朝毎回やってるんだからいい加減になれてほしいなあとごちながら、洗面所の扉を閉めて鍵をかけ自分の身体でガードする。
「さて、やるぞ。パパッと終わらせちまおうな」
 クラウドの耳がみるみるうちに後ろ向きになるが問答無用である。普段はあんまり動かない表情がおどおどとした動きを見せる様子も可愛いことこの上ないのだが、そこで挫けるバッツではない。
「綺麗にしちまおっか」
 バッツは腕まくりをすると、悪役の気分に浸りながらすっかりおびえる黄金色の猫をを見下ろすのだった。

三度の飯が好き

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