狂犬とオオカミ:次の日の朝のダインさん / ダイクラ / 文庫ページメーカー
朝、気がついたときにはベッドの中は元通りの広さになっていた。
「……」
最初からいなかったように青年の痕跡はまるで無かった。ずいぶん前に出て行ったのだろう、隣に不自然に空いている場所に手を差し込んでみても、体温らしい名残は残っていない。ただ、手を伸ばした途端引きつった背中が、昨晩の情事を――情事にはほど遠い獣のような交わりを伝えているのみだ。
久しく使っていなかった筋肉が悲鳴を上げるも、それを無視しながらダインはベッドを下りた。そして、昨日青年が来る前とは明らかに違った様相を呈しているテーブルへと近寄る。
飯を食う以外に使っていなかった――そして昨日、青年を押し倒して蹂躙したその上には、見覚えの無いコンテナが鎮座していた。はっきりとした明るい青の箱の脇には、白文字で「ストライフデリバリーサービス」とプリントされている。
「……」
あれはどうも配達屋だったらしい。あんなにされたのに、こうして商品を置いていくとは律儀な人間だ。しかもコンテナの前にはちょこんと名刺が置いてある。
クラウド・ストライフ、とダインはそこに書かれている名前を口に出した。どこかで聞いたような気もするがありふれた名前だ。特に気に留めることはせず、何の気なしに裏返す。そこには癖のあまりない素直な筆跡で、『領収済み』とだけ書かれていた。
「……ふん」
やっぱり殺しておけばよかった――ダインの中の獣がまた意味も無く騒ぎ出す。きっともう仕事としてここには二度と来ないだろうが、ダインにああいうことをされたという事実はきっと、青年の中で燻り続けるだろう。それが爆発しないとも限らないし、ほかの人間、例えば青年の家族に飛び火しないとも限らない。
だがもうどうでもいいことだ。あれはもうここにはいないし、わざわざ青年の居場所を聞くのに村に下りていくこともない。何より彼の所在を示すものは手元にある。どうしても我慢がならなくなったときに、これを頼りに探せばいい。
(……我慢)
ふと頭に浮かんできた単語が引っかかった。我慢するのか、何を我慢するんだ。あの青年を手に掛けることをか、それとも青年自身に会いに行くことをか。我慢なんてする必要があるか、いやそもそもなぜそう「したい」と考えているのか。ここ最近、自分からそう思うようなことなどとんと無かったというのに。
(まあ、――具合はよかった、それは違いねえ)
くっ、とダインの喉が鳴った。
そうだ、あれはよかった。久方ぶりの肌の感触だったせいもあるかもしれないが、今でも思い出すと喉がひりつくぐらいには。
そうだ、確かにこれは我慢だ。ここ最近、そういったものとは無縁の暮らしをしてきた。たまにはそういうことを己に課してみるのも面白いかもしれない。
――渇いて飢えたときの獲物が、一番美味いに決まっている。
ダインはぱさついてきた唇を舐めると、手の中の名刺を握りしめた。