笑顔のクラウドちゃん / コルクラ / 文庫ページメーカー
壁の外、たまたま任務の先で出会った奴は、普段見ているものとは天と地ほども違うにこやかな笑顔を振りまいていた。あまりにそぐわないものだから最初は全くの別人だと勘違いした。そのぐらい、奴の表情は格差が酷かった。
「ありがとう。またよろしく」
「いやあこちらこそありがとうね。いつもいつも」
「また何かあったら電話くれ」
——あまつさえ、お茶目な『電話』のモーションすら加えて。
なんてことだ、と呆然とその様を見ていたら、視線を感じたのか奴と目が合った。
一瞬だけ驚いた様をした瞳は、いつもの無感動なそれに戻る――かと思ったが、まるで違った。
垂れ気味の目尻がさらに下がり、口元がゆるやかな弧を描く。白い歯がのぞき、グローブに包まれた手がひらりとあがった。
(笑った)
やはり中身は別人なのではないか。
コルはただ、呆然と手を振り返すことしかできなかった。
***
「借りてる」
モーテルの部屋に入った途端、気だるげな金髪がそう言った。
いつの間にこの部屋をかぎつけていたのか、配達屋は——クラウドは完全にくつろいでいた。テーブルの上には得物のホルダーとグローブが、ベッドの足下には脱ぎ捨てられたブーツが転がっている。汚い服のままベッドに寝っ転がらないという最低限の礼儀は守ってくれたらしいが、それにしたってコルの金で借りた部屋を我が物顔で勝手に使うというのはあまりにも常識に外れている。
いつも通りと言えばいつも通りだが、それにしたって落差が酷い。
「……連絡ぐらい入れろ」
「街で会ったから」
「許可を取った気になったか?」
「許可じゃなかったのか?」
最大級の溜め息が出た。
相変わらずネジをどこかの世界に置いてきたまま、取り戻しに行くつもりはまったくないらしい。何を言っても無駄、というのは理解しているので、コルは何も告げず、ただ追加で溜め息を一つ追加した。
「飯は食ったのか」
「食った。……なんだ、奢りか? 奢りなら食ってないことにする」
一発額を叩いたら、「いたっ」という情けない悲鳴が上がった。だが、表情がついてこないからさほど痛がっている様子はない。
昼間見せた笑顔はかけらもなかった。
「……」
上着を脱ぎソファーに投げ捨てたあと、コルは、おもむろにその頬を引っ張ってみた。
「いっ」
「……柔らかいな」
「ひゃ?」
「それならあれだけ動くのも当然か」
「ひょっほ」
「悪い」
ぱっと手を離すと、恨みがましい視線が刺さる。だがそれも一瞬で、いつもの無愛想に戻るとゴロンと背中を向けてしまった。
「寝るのか」
「寝る。疲れた」
「あれだけ笑えば疲れもするか」
「ん?」
「昼間」
笑っていただろう、と言うと、クラウドは眉を寄せる——こともせずに、ただ淡々と答えた。
「笑ってないぞ」
「……あれで?」
「どれだ?」
「……まあいい、わかった。おやすみ」
おやすみ、という返事が終わるか終わらないかのうちに、規則正しい寝息が聞こえてくる。
やはり何を考えているのか理解しがたいと眉間を揉むと、一日の汚れを落とすべくシャワーに向かった。