金魚:夢を見る金魚 / モブクラ / 文庫ページメーカー
漂いながら夢を見ているようだと気づいたのは、金魚を飼いだしてもうしばらく経ってからのことだった。
うなされているのかそうでないのか、眠っている彼は時折シーツの上でだるそうに寝返りを打ち、何か言いたげな深い息を吐いた。首元のチョーカーから流し込まれている鎮静剤がそうさせるのか、その吐息が声になることはない。ただゆっくりと、口を開けたり閉じたりする様は、まさしく水の中の金魚そのものだった。
「具合が悪い訳じゃないんだね?」
ある日のメンテナンスでそう尋ねたら、やってきた男は肩をすくめた。
「そうみたいですねえ」
バイヤーとはまた違う、「そういった」たぐいのもののアフターケアを担当する医者崩れの人間だと名乗った男は、金魚の様子を見ながら書き込んでいたカルテに目を落とす。
「熱もないですし、脈も正常。薬がうまく効いているだけの至って健康体。寝てる間でしょ? やっぱり夢でも見てるんじゃないですかね」
「ならいいんだが」
「ご心配なら、採血とかしますか? 結果はちょっと時間かかりますけど」
彼は金魚の方を見た。いつものように、シーツにただ浮いているかのように手足を投げ出し横になっている金魚は、いつもと何も変わらず無垢で美しかった。そんな金魚の肌に、注射針を刺すのは少しためらわれた。
「いや、いい。大丈夫だ」
「さようで。ま、何かあったら担当にご連絡いただければ私にきますんで」
「わかった」
「それじゃ、また今度うかがいます」
またよろしくお願いしますと言いおいて男は帰り、部屋の中には再び金魚と二人残される。
顔をのぞき込んでみたら、金魚はいつになく硬い表情をしているようだった。見知らぬ人が来たせいで怯えてしまったのだろうか。金魚の視線に割り込むようにしたら、いつもよりも鮮やかさを欠いた瞳が彼の顔を捉えた。
「……大丈夫かい」
金魚は答えない。ただ、また何か言いたげな深い息を吐いた。
手のひらを頬に添えてやれば、温もりをも停めるようにほんの少しだけ頬ずりをし、目を閉じる。
まるで人の体温を分け与えられて生きているかのようだ。普段は何も食べず、飲まない代わりに、こうして温もりを得て命をつないでいるかのようだった。
「気持ちいいかい」
金魚はやはり、何も言わない。
ただ静かに、彼の手のひらに頬を押しつけ、息をしているだけだ。だが、彼には、金魚が気持ちいいと言っているように思えた。
「そうか、気持ちいいか。じゃあ、しばらくこうしていようか」
今日はがんばったしな、と親指でその目元を撫でてやる。
彼は、金魚がすっかり寝入ってしまうまで、ずっとその頬を撫でていた。