金魚:金魚のクラウドちゃんを買ったモブ / モブクラ / 文庫ページメーカー
金魚を買った。
といっても水槽でゆらゆら泳ぐ魚ではない。ベッドの上、真っ白いシーツで横になっている人間の男だ。一糸まとわぬ姿で、窓から漏れる柔らかい光に惜しみなくその白磁の肌を晒す美しい青年は、彼が懇意にしている男に紹介されたブローカーから買ったものだった。
「これから新しいビジネスにしようって言う奇特な御仁がいましてね。今回はその、なんて言うんです、レビューしてくれる人を探してるんですよ」
「いや、だが」
「餌もいらないし、メンテ要員はこちらで手配しますし、ちょっとお試しでどうですか。お一人なんでしょ」
金魚みたいなもんだと思って——という一言を、この青年はただ呼吸をして聞き流しているようだった。おそらくは聞こえていなかったのだろう。
彼にとってはほとんどタダ同然の価格で家にやってきた青年は、言われたとおり何もしなくてもよかった。むしろ普通の金魚より手がかからないくらいだ。どういう仕組みかはわからないが、首に付けられたチョーカーから定期的に鎮静剤が注入されていて、始終うとうとしている状態になっているらしい。何を考えるでもなく、何をいうでもなく、ただシーツの海に浮いている金魚のようなもの。それが彼だった。
「ただいま」
堅苦しい背広を脱ぎながら、寝台に横になる金魚の顔をのぞき込む。金魚は相変わらず夢とうつつの狭間をさまよっているようなぼんやりとした顔をしている。うっすらと開いた瞼から、逆に水槽をそこに閉じ込めているかのような青い光が零れ出て、彼の顔をとらえる。
実際、ブローカーの言葉は的を射ていた。仕事が軌道にのったおかげで金には困っていないものの家には一人だ。それに、周りに集まってくる人間達は全て彼の金目当てで、ろくに本音や弱音も吐けない。そんな味気ない生活は、この金魚がいてくれるだけで大分ましになった気がする。
「今日はな、お土産があるんだ」
その頬を撫で、柔らかく垂れた目尻を指でなぞり、綺麗な金色の髪をやさしくのけて形の良い耳を出す。そして、手に持っていたピアスを耳につけてやる。買った日から気になっていたピアス穴がこれで埋まり、実に満足した。おしゃれにあまり詳しくないからと、シンプルに目の色に合わせた石にしてみたのだが、どうやら正解だったようだ。
「似合ってるよ」
痛くないか、という問いかけには反応はなかった。言葉は聞こえているが、理解できるまでの思考がないのだろう。
「着替えてくる」
やわらかな金髪を撫でてやると、金魚は委ねるようにゆっくりと目を閉じた。