[2019/02/23]バレクラ

病院が嫌なクラウドちゃん / バレクラ / 文庫ページメーカー

「――だから嫌なものは嫌だ」
 苦々しいことこの上ない溜め息と一緒に吐き出された一言は、フロントガラスにぶつかってぽてぽてとこちらに転がってきた。
「誰だってどうしようもないものってあるだろ」
「カエルとかな」
「気分悪いときにもっと気分悪くさせるようなこと言わないでくれ」
 震えだした声音に慌てて窓を開ける。冬の、金と冷えた新鮮な空気が車内に吹き込んでしばらく、深呼吸を繰り返していた人間は更に大きな溜め息を吐くと、「閉めて」と言った。
「もう大丈夫」
「具合悪くなったらまた言え。車に吐かれちゃかなわねえ」
 うん、という返事は思いの外素直だった。
 バレットはできるだけスムーズにアクセルを踏み、クラウドの死角になる場所においてあったタッチミーのマスコットをさらに奥に押し込める。フロントガラスの遙か遠くに視線を逃がしているクラウドはそれに気づかず、ただ、再び弱々しいため息を吐いた。
「……病院は嫌いだ」
「でもしょうがねえだろ。一応WROの世話んなってんだし、お前一人の身体じゃねえんだから。それに健康診断だぜ? なにかされるわけじゃねえ」
「……知ってる。先生もいい人だし」
 ほんの少しだけ鈍い音がした。ちらりと横を見れば、どうやらサイドの窓ガラスに頭を預けているようだ。ぐったり目をつむっているその表情には憔悴がにじんではいるが、それでもまだ追いつめられるほどにはなっていない、らしい。
「でも、あんたは日帰りで、俺は泊まりだ。個室で」
「そりゃ……まぁ、なあ。でも個室ならよくねえか、騒がしくなくて」
「……」
「クラウド?」
 ハンドルを切りながら、返事のなくなった相手をまたちらりと見る。気分は悪くなっていないようだが、暗い表情は相変わらずだった。
「場所は違うし、そういう人もいないのは解ってる。……わかってるけど、匂いでだめだ。かぶるんだ」
「……」
「それに、あの時は一人じゃなかった。でも今は一人だから、毎回死にたくなる」
 二日目の検査はいつもひどい数値だろうな、とクラウドは笑った。見なくてもその顔はきっと酷いものなんだろうとすぐにわかった。
 定期検診の日になるとクラウドはいつもこうだ。彼の過去に深く根付いているものだからしょうがないとは解っているのだが、それでも名実ともに彼の後見人であるバレットにとっては、憔悴しきったこの様子をとてもではないが見ていられない。
「……先生によ」
「うん?」
「先生に、泊まりじゃなくしてくれって頼んでみるか」
 WROの関係者用ゲートを通り、警備員に身分証を見せてから聞くと、クラウドは一瞬だけ息を詰めた後、「いらないよ」と言った。
「あんたが大変だろ。せっかく休みもらってきてるんだし、マリンと一緒にいた方がいい」
「でもよお」
「俺は我慢できる。……大丈夫だから」
 駐車スペースに停めた後、クラウドはなれた手つきでドアノブに手をかける。そして、運転席に乗り出し、軽いキスをすると、精一杯の――今にもひび割れそうな笑みを浮かべた。
「いってくる」
「……おう。どうしてもだめなら、電話しろ」
「うん」
 外の空気が流れ込んでくる。
 ひんやりとした、肌を刺すような空気の流れが止まったときには、クラウドの姿はすでに建物の中に消えていた。

三度の飯が好き

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