コンビニアイス買いに行くレノさん / レノクラ / 文庫ページメーカー
愉快な入店音と心の底からだるそうな店員の、相反するハーモニーを聞きながら、レノは眩しいくらいの光であふれる店内に踏み入れた。
電力の供給が安定してきたおかげか、二十四時間営業のコンビニエンスストアが家の近くにぽつぽつとできるようになってから、レノの生活はぐっと楽になった。何より、家から締め出されたときも安全に時間をつぶせる場所があるというのはだいぶ違う。
(せめてもうちょっと別の方向で世話になりたかったな、と)
レノはそんなことをぼんやり考えながら、目の前の棚から適当に雑誌を抜き出した。前によく買っていたいわゆる大人向けのそれにざっと目を通しながら、つい十分前のことを頭の中で再生する。
——なんともまあ威勢のいい張り手だった。相手の力を考えればかなり抑えてくれていたのだろうが、それでも何も構えていなかったレノは当然のごとくベッドから落ちた。突然狂った重力の向きに呆然としていたら、張り飛ばした張本人は今にも泣き出しそうな顔で「出てけ」と言い、その雰囲気に圧されたレノはこうして大人しく追い出されている――というわけである。
確かに、この前抱いた商売女の名前を口走ったのは良くなかったとは思う。ただ、似たようなことは今まで何回もやってきたし、その都度クラウドもひっぱたいてくるようなことはせず、ただ「そういうのは嫌われるぞ」と言うだけだった。
だが今日はこれだ。
レノは未だひりひりする頬を少し撫でた。ケアルか何かをかけないと、きっと明日情けないことになるだろう。今だって、ガラスに映る自分の顔は何とも言えない味があるものになりつつある。
(マスクしてくりゃよかった)
もっともそんな時間はなかったが。
はぁ、とため息を一つ吐く。ただここで、自分の顔が珍しく楽しげであることに気づいた。マゾに転向したつもりはないんだがと痛い頬をむにむに揉んでみたが顔は変わらず、どことなく嬉しげな空気を滲ませている。まさかぶたれて嬉しくなったわけでもあるまいしと首を傾げたとたん、不意に合点がいった。
実際嬉しかったのだ。今までとんと、レノのそっち側の事情に対して何も言わず、ヘタをすればクラウドだってほかに男を作っていそうなものだったのに、ほかの女の名前を出したら怒ってブン殴ってくれる程度には執着してくれていると気づいて、ガラにもなく嬉しくなってしまった。
「……へへ、」
声に出しかけて、いや実際出してから、自分が手に持っているものがいかがわしい雑誌だったということを思い出した。そそくさと雑誌を戻すと、慌ててアイスの類が放り込まれているケースの前に移動して、許してくれるかはさておいて、何か買って帰ってやろうかと物色する。
尻ポケットに入れた携帯が震えだしたのはちょうどその時だった。ぱかりと開けて見てみると、そこには先ほどレノを追い出した人間の名前が表示されている。
「はいはい」
『アイス』
ぶっきらぼうに投げつけられたのはそんな一言だった。思わぬ偶然の一致に笑いながら、そしてメッセンジャーについてはなんの遠慮もないくせに電話についてはとんと奥手な彼が、わざわざかけてきてくれたことについて更に機嫌をよくしながら、レノは先を促す。
「どんなんがいいんだ」
『高いやつ。……の、期間限定』
「わかった、一番高いやつな。了解だぞと」
『……うん』
そのまま通話が切れた。相変わらず電話越しになると愛嬌も何もないやつだが、それはそれでいい。こうしてかけてきてくれたこと自体、自分一人では処理しきれないくらいの愛嬌だ。
レノは携帯をまたポケットに入れると、にやけ顔をそのままに、ひやりと冷たいケースの中を覗き込み、お眼鏡にかなうものがないかじっくり探し始めるのだった。