[2018/10/02]レノクラ

夜這いに来たレノさんと保護者バレットさん / レノクラ / 文庫ページメーカー

「よう」
 宿屋の階段を堂々と上がってきた男に声をかけたら、その赤毛の男はさして驚いた様子もなく「よっ」と答えた。
「なんだ、お出迎えか?」
「……まあそんなもんだ」
「そんな大層なことしなくてもいいんだぞ、と。される覚えもないしな」
「お前になくてもこっちにはあるんだよ」
 廊下の壁につけていた背中を離し、スーツの背中を睨みつける。ポケットに手を突っ込み、チンピラそのものといった姿勢で歩き去ろうとしていた男――レノは、バレットが本気だということを悟ったのか、その足を止め背筋を伸ばした。
「へえ」
 その気になれば、この男はこういうこともできるのか――そう舌を巻くような変貌ぶりだった。三下めいた雰囲気を纏っていたはずの男はもうそこにはいなかった。おちゃらけているように見せながらも、ちらりちらりと牙が見え隠れする狐のような空気を身に纏ったレノはしかし、こちらに視線も寄越さない。
「どんな用だ?」
「それはお前が一番よく解ってんだろ」
「さあね、とんと」
「ウチのリーダーにこれ以上構うなって言ってんだよ」
 いつの頃からか、このタークスのエースは人目を忍んで彼らの泊まる宿に来てはクラウドの部屋を訪れるようになっていた。最初は何をしているのかと訝しんだが、すぐに解った。
 ただ、相手はただ情報を仕入れに来ているとか、そういった様子ではなかったし、本人も絆されてこちらの情報を流してしまっているわけでもないから、惚れたはれたは別に良い――と今まで目をつぶってきたのだ。
「じゃあどうして今日になって文句つけてきたのかな、と」
「あいつが止まっちまいそうだからだよ」
「止まる?」
「あいつはあんたのことが好きだ。さっきも言ったがそれはいい。ただ、あんたのことが好きなせいで足が止まっちまったら、もう先に進めなくなる」
 クラウドは確かに強い。だがそれは器だけの話であって、内面はまだまだ幼い子供にすぎない。そんな彼が、未だぼろぼろの心を抱えたままで先に進み続けられるのは、周りを見る余裕がないからだ。今足を止めてしまえば、きっと彼は進み出せなくなる。新たに踏み出すだけの体力はもうないのだ。だから、バレットはクラウドが止まらないように発破をかけてきたし、仲間たちも支えてくれた。
 だが、レノは違うようだった。
「これはあいつのためなんだ。だから、会うのはもうやめろ。会うんなら何もかも終わったあとにしてくれ」
「……ふーん。なるほどな、と」
 赤毛のエースは肩を竦める。
 だが、ただそれだけだった。
「悪いが、オレはそんなつもりはない」
「てめえ」
「それにな。ずっと前から今まで見てるが、あいつはそんなタマじゃないぞ、お父さん」
「だっ——」
「それじゃあな。夜明けには出てくから、よろしく」
 ちらりと見えた碧の瞳がからかうように笑った。だがそれだけで、レノは再びいつもの猫背で歩き出す。バレットが何か口を挟む前に、どこからか拝借したらしい鍵で扉を開け、中に入ってしまう。
 バレットが苛立たしげに壁を殴ったのは、赤い尻尾が見えなくなったその後だった。

三度の飯が好き

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