バレクラを茶化すユフィちゃん / バレクラ/ 文庫ページメーカー
「あんたたちってさーほんと夫婦みたいだよね」
それはいつものからかい文句だった。そう、いつものだ。二人が喧嘩なり、掛け合いなり、そんなことをし始めたら決まって茶化すときに使うそれだった。実際何回言ったかも解らないし、二人こそ最初は反応したものの、今となってはもうあっさりと「うるせえぞー」「寝ろ」程度で返してくるような、そんな常套句だった。
だが、今日ばかりは違っていた。
「ばっ——なっ、何言ってんだお前こんなんとそんな訳ねえだろ!」
(おろ?)
久しぶりといってもいいその反応に思わずまじまじと見てしまったところ、バレットは一瞬、ただし露骨に「やばい」という顔をした。そしてそのバレットから、絶妙なコンビネーションで翌日使うポーション類を受け取っていたクラウドもまた、ぽかんとバレットを見た後に、明らかに焦りの表情を浮かべた。
二人がなぜそんな表情をしたのかさっぱり解らなかったが、今がまたとないチャンスである、ということだけはピンときたユフィは、にぃぃと思いっきり笑った。
「えーなんだよその反応。ムキになるとますますあやしー」
「だから違うっつの!」
「ええー? 今だってさあ、ロクに合図しないでそれでしょー? 熟年夫婦かよってかんじ」
「ユフィ」
ここでようやく、クラウドが口を挟んだ。いつもの窘めるような静かな一言——ではあったが、こういったシーンでは絶対に出てこない言葉でもあった。
「しつこいぞ」
「……ちぇ、はいはいわかりましたー」
この時のクラウドは結構強い。別に大きい声を出していないのに、いやだからこそか、えもいわれぬ迫力というものを感じるのだ。
この場は逃げるが勝ちだと判断したユフィは、あっさりその場から退散する。
それにしたってどうしてあんなにムキになったんだろうか——そんなことを考えながら、きっと近くをうろついているであろう赤い毛むくじゃらを探し始めた。
***
「……すまねえ」
部屋の中、バレットはその巨体をいつになく縮こまらせてベッドに腰掛けていた。その向かい、申し訳程度に部屋に備え付けられた椅子に座っているクラウドは、先ほどからずっと何も言わずにただ地元の新聞を読んでいる。その表情は伺い知れない。
——いや、何も言っていないわけではなかった。部屋に入ってから一言だけ、「俺とは嫌なのか」とぼそっと呟いてそれっきりだった。
その言葉が何を指しているのかは明白だった。先ほどのユフィとのやりとりだ。今まで幾度となく言われてきた言葉ではあったが、初めてクラウドと「そういう」関係になってから突然言われて、秘密にせねばとつい焦った結果、反射で出てしまったのである。
だがそれは、ユフィの追求は逃れたものの、別の方向に――言われたクラウドの方に対しては悪手だったらしい。
「その……ばれちゃなんねえって思って慌てちまって」
「……」
「お前とは嫌だって思ってはいねえんだ、本当だ」
「……」
「クラウドよぉ」
「……っぷ」
っぷ? と突然聞こえてた変な音にバレットが首を傾げた一瞬後、新聞紙の向こうのクラウドの肩がぷるぷると震えだす。
「お前」
「ぷふっ、ごめん、あんたほんと情けない声出すんだな」
新聞紙の向こうから見えたのは笑顔だった。堪えきれないと言った様子で笑うクラウドは、それまで持っていた新聞紙を机の上に放り投げると、ようやく事態を飲み込みだしたバレットの膝の上に移ってくる。慌てて抱えてやれば、「こっちこそごめん」という言葉が投げかけられた。
「ちょっとからかってみたくなった」
「怒ってねえのか?」
「最初は少しむっとしたけど、俺があんただったら同じように慌ててたと思う。だから怒ってない」
「お前よお、心臓に悪いぜ」
「ごめん」
細い腰を抱き締め頬を寄せると、クラウドは擽ったそうに笑う。そのままはたと視線がかち合い、どちらからともなく口づけると、ベッドの上に倒れ込んだ。
「なあバレット」
全身に惜しみなくキスを降らしてやりながら、クラウドのニットをたくし上げていたら、不意に濡れた碧がバレットを捉えた。なんだ、と目線で問い返せば、はにかみの混じった笑顔が見上げてくる。
「俺は幸せだよ」
「……今それ言うなよ。止まんなくなっちまうぞ」
「それを見越して言ってる」
つまり沢山抱いてくれ、なんて実に扇情的なことを言いながら白い腕が伸びてくる。
バレットはその腕に引き寄せられるがまま、クラウドの身体に覆い被さった。
——顔を真っ赤にしたウータイの忍が、慌てて木の上から退散していくのは、それから数秒後のことである。