[2018/09/11]バレクラ

散歩に行きたいクラウドちゃん / バレクラ / 文庫ページメーカー

「散歩したい。行こう」
 突然ぶつけられた言葉にいきなりなんだと聞き返したら、ぶつけてきた本人はただ「行きたいから」とだけ答えた。
「だからなんでいきなり行きたくなったんだよ」
「知らない」
「……」
 バレットは思わず肩を落とした。
 言葉のキャッチボールどころか、これでは言葉のドッジボールである。ライフストリームに落ちてから確かに少しばかり言動が変わったのは確かだが、ここまでおかしくなっていたとは思いも寄らなかった。
 だが、何か言ったところでこいつは変わらないだろう、という確信もまたバレットの心の中にあった。長い間見てきたせいか、それともはたまた別の理由か、今のクラウドの中では「バレットと散歩に行く」というのは確定事項になっている、そんな気がしたのだ。
「……今か? 今だな、その言い方だとな」
「今」
「買い物か?」
「違う。散歩」
 もしかしたら買い物もするかもしれないが、と付け加えられたが、やはりメインはただバレットとの散歩らしい。
 いろいろと疑問は尽きないが、ひとまず彼は壁掛けの時計に目をやった。宿に着いたのは午後だったが、まだ日が沈むまでは時間がある。
「……しょうがねえな。ちっとだけだぞ」
 そう伝えて、外した銃の代わりに義手をはめると、クラウドは驚いたことに少しだけ笑った。
「うん」
 その、ごく自然に浮かんだ嬉しそうな笑顔につられて自分の頬もゆるみそうになったが、違う違うと顔を引き締める。ここで甘い顔をしてしまってはきっとこいつは調子に乗って、またよくわからないタイミングで散歩に行きたいだの言い出すに違いない。
「ちゃっちゃと行くぞ」
「ああ」
「財布はお前持てよ」
 ほれ、とある程度入れた財布を手渡すと、自分は部屋の鍵を持つ。部屋の扉を開け、クラウドが出るのを待ってから鍵を閉めると、先に数歩歩いていたクラウドの後を追った。
「お前、そんなに散歩好きだったか?」
「好きってわけじゃない」
「じゃあなんで誘ったんだよ……」
「だから知らない。急に行きたくなった」
 板張りの廊下を歩きながら適当に思いついた質問を投げてみたが、やはりというか何というか、先ほど以上の情報は得られなかった。
「……あんたと」
 ただ、ぼそりと付け加えられた言葉が耳にひっかかった。オレと? とすぐ隣でひょこひょこと揺れる金髪を見下ろしたら、こくんとその髪の持ち主が頷く。
「あんたと約束してた気がして」
「——っ」
 バレットの呼吸が止まった。
 宿屋の埃っぽい空気に、記憶の中の消毒液の匂いが混じる。白いカーテンに綺麗なシーツが窓から差し込む光を反射していたせいで、あの部屋はいつも眩しかった。軋む金属の音はそのときは聞こえず、ただ窓から入り込んでくる風にはためくカーテンの音が聞こえるだけの、静かな空間だった。
 ——散歩に行こう、なんて言い出したあのときの自分は、一体何を考えていたんだったか。
 そして、うつろな瞳で聞いていたこいつは、どんな気持ちであの言葉を聞いていたのだろうか。
「——バレット?」
「ああ?」
 一瞬だけ、一週間前のあの病室を眺めていた自分の思考を慌てて戻すと、隣を歩く金髪の間から魔晄色の瞳が覗いていた。あのときとは違い、理性と意志の光を宿したその両目は、いきなり黙ったバレットの様子をうかがうように下から見上げてくる。
「どうしたんだ」
「や、なんでもねえ」
「そうか」
 クラウドはそれきり何も聞かなかった。
 それにどこかほっとしながらも、バレットはまたそれこそチョコボの頭のような金髪を見下ろす。
「で、どこ行くんだよ」
「決まってない。そもそも散歩ってどこ行くんだ」
「……お前は何でそれで行こうって思ったんだよ……」
「だから」
「わかったわかった、もう何も言わんでいい。適当にどっか行こうぜ、どっか」
 うん、とクラウドがまた素直に頷く。やっぱり変わってないようで変わったなあなどとしみじみ思いながらも、バレットは自分よりも少し低いところを歩く金髪を追いかけるのだった。

三度の飯が好き

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