[2018/09/10]バツクラ

思いのほか軽いクラウドちゃん / バツクラ / 文庫ページメーカー

 たたきつけられるであろう衝撃に備えて全身に力を入れていたが、いつまでたってもそんなものは来なかった。
「……あれ?」
 その時のバッツはいかにも拍子抜けと言った表情を浮かべていただろう。それぐらい気の抜けた声が自分の喉から出てくるのが解った。そして、その衝撃をもたらすはずだったクラウドもまた、きょとんとした顔でバッツを見上げていた。
 彼は一瞬狼狽えた後、すぐにさっと顔を伏せる。
「バッツ、その、すまん……」
「うぇ、あ、いいって大丈夫大丈夫」
 こっちは全然平気だからなどと言いながら、バッツはクラウドを——足を滑らせて盛大に後ろにこけようとしていた身体を、そっと下ろしてやる。
「ありがとう」
「いいってことよ」
 申し訳なさを顔に滲ませるクラウドに、バッツはひらひらと手を振る。そして再び連れ立って歩きながら、先ほどの感覚を思い出した。
(……軽かった)
 あんな大きい鉄の塊を振り回している様を毎日見ているし、あれとともに高いところから着地したときの衝撃だって少なくはない回数間近で味わっている。重装備のイミテーションがあっさりと叩き壊されるのなんて、こちら側の陣営なら何度も見ている光景だ。だからきっと、クラウドの体は実用的な筋肉の塊がみっちり無駄なく詰まっていて、それなりに、いやかなり重たいのだろうと思っていた。
 だが、実際は違った。あれならガラフの方が重たいかもしれない。今まで上半身ばかり見ていたし、下半身なんてゆったりめのズボンをはいているものだから気づかなかったが、咄嗟に両足はかなり頼りなかった。それに腰なんて、もしかするとバッツの両手にあっさりおさまるくらいかもしれない。
 ごく、と勝手に喉が鳴り、あわてて咳払いでごまかす。だが、バッツが動揺するくらいには、目の前をすたすたと歩く青年の腰は細かった。今まで意識していなかったから単純に見えていなかったが、服の上からでもその細さはよくわかるものだ。肉付きの良い上半身から、きゅっと絞られるようにしてくびれた腰は、ともすればアンバランスで、あやうい魅力を放っていた。そう、元の世界で何度か相手をして貰った娼婦のように、小股の切れ上がったいい体つきをして——
(——いや、まった、何考えてるんだおれ!)
 頭の上に湧き出てきた妙な妄想を振り払い、バッツは両頬をばしばしと叩く。その音にびっくりしたのか、前を歩いていたクラウドが、形の良い目を驚きでわずかに大きく見開いて振り向いた。
「バッツ?」
「あっうんちょっとあの汚れがさ、顔にさ」
「そうか? さっき見たときはなかったが」
「手についてたのかもなあ、いやなんでもないから」
 慌てて手を振ると、クラウドはただ「そうか」と答えてまた前を歩く。バッツもまた続いて歩き出すが、しかしその視線は相変わらず、クラウドの背中から腰に釘付けだった。
「……なんだろ、おれ趣味変わったのかなあ……」
「ん?」
 思わず口からこぼれた言葉をまた「なんでもない」と打ち消しながら、バッツは深呼吸を一つして、心をいつものペースに戻す。
 男を抱いてみたいと思うなんて、やっぱり趣味が変わったんだろうかと首を捻りながら、できるだけ視線をちらして機械的に足を動かし続けるのだった。

三度の飯が好き

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