診療所のバレットさんとモブ / バレクラ / 文庫ページメーカー
「弟さんですか」
そう声をかけたら、ベッド脇の椅子に座っていた大男は思いも寄らない問いかけだったのか、驚いた目で彼女を見返してきた。
「あ、すみません、その……」
「いや、いいんだ」
突然話しかけてしまった失礼を詫びようとしたら、右腕が義手の大男はその厳つい顔をほんの少しだけ緩めた。
「あんたも暇だったんだろ。点滴で」
そういうときってあるよな——見たことがないくらい筋骨隆々な、まるで熊のようなその男は、ぽりぽりと左手で頬をかく。そしてわずかに迷うような表情を浮かべた後、先ほどまで撫でてやっていたベッドの住人を見下ろした。
「似てねえだろ」
「いえ、あの……はい」
「っへへ。だろうな」
人の頭くらいは軽く掴めそうなほどに大きい手が、再びベッドの上の金髪を撫でた。友人と言うにはあまりにも穏やかで、そして愛情のこもった手つきだ。
だが、思わず彼女が声をかけてしまうほどには、男の外見にはそぐわない慈しみに満ちたその手にも、横たわる青年は何も反応しない。目を開けているにも関わらずどこも見ていないその様は、人形のようにすら思えた。
「静かだろ」
大男は言った。
「前は口うるせえ野郎だったのに、抓ってもつついても何にも言わなくなっちまった。譫言は言う癖によ」
「……」
「たまに呼んだかと思えばすぐ黙っちまうし。……ま、しょうがねえやな。あんたは風邪か?」
「あっ、えと、はい」
「そうか。酷くなると辛いからな、きっちり治せよ」
ありがとうございます、と彼女はうなずく。男はただ満足そうに笑い、また青年の頭を撫で始めた。
最初、点滴をしますねと言われて奥の部屋に案内されたときはえらく驚いたが、この熊のような男は見た目によらず優しいのかもしれない。いや、優しくないわけがない。あれほど慈しみ深い手を彼女は今まで見たことがなかった。
「——ぁ、あ」
誰のものでもない声が聞こえたのは、大男と言葉を交わしてから十分もしないうちだった。蚊の鳴くような、しかしそれでいて聞くものの心を哀れみで強く揺さぶるようなその声は、それまでただ呼吸するだけだった青年の喉から漏れていた。
「おう、どうした」
「ぅあ、……っあ、やだ、……やだぁ」
「よしよし、ほら、こっち来い。何がイヤだ、んん?」
大男は手慣れた様子で彼を抱え上げると、まるで子供にするかのように抱きしめてあやしはじめる。青年は何かに怯えているかのように、かたかたと小さく震えていた。
「おなか、……おなかやだぁ……いたい、いっ、……」
「腹か? よし、撫でてやるから、ほら」
「っう……っく」
「ほら、痛くねえだろ。もうちょっとこうしてやろうな」
怯え、啜り泣く青年を、大男はただ穏やかにあやし続ける。
彼女の処置が終わるまで、彼らはずっとそうしていた。